鶏を殺して食べる「命の授業」は本当に残酷か?

鶏を殺して食べる「命の授業」は本当に残酷か?鶏を殺して食べる「命の授業」は本当に残酷か?

今日のおかずは、何にしようか? 肉料理にしよう! トンカツ、ステーキ、唐揚げ。おっと、最近は肉が多いから、焼き魚もいいかな?

自炊にしろ、外食にしろ、私たちは毎日、必ず食事をいただく。食べなければ、生きていけないからだ。そして、おかずになる肉や魚の多くは、生きていたものを殺し、処理したものである。

とはいえ、日常の買い物で目にする肉や魚は、殺したり処理したことが分からないようになっている。「殺す」「処理する」といった目を背けたくなるような作業は、専門の職人さんらによって工場などで行われるからだ。

こうして、私たちがスーパーで目にするのは、殺した肉や魚を、洗浄したり切ったあと、パック詰めされたものがほとんどとなる。ポイントは、どれだけ見栄えのいい肉のスライスや魚の切り身であっても、「殺す」「処理する」といった作業を経ているという事実である。

2013年3月5日に放送された「情熱大陸」(TBS系)で、鶏を育て、殺し、食べる「命の授業」の実践で著名な福岡県立筑水高等学校の真鍋公士が紹介された。この授業に関して、ネットでは「賛否両論」だと紹介されるケースが目立つ。筆者には、なぜ「否」を唱える人がいるのか、よく分からない。

映画監督の森達也氏が『いのちの食べ方』(イーストプレス)という本の中で、大切なことを分かりやすく述べているので抜粋する。

「僕たちは肉を食べる。つまり生きていた動物たちを食べるということだ。だから、彼らを殺しているのは僕たちなんだ。もしもそれが嫌ならば、ベジタリアンになることだ。でも植物だって、じつは『いのち』であることに変わりはない。僕らは生きるために、ほかの『いのち』を犠牲にするしかない」

「僕たちはそうやってほかの『いのち』を犠牲にしながら、おいしいものを食べ、暖かい家に住み、快適で便利な生活を目指してきた。
 その営みを僕は否定する気はない。でもならば、せめてほかの『いのち』を犠牲にしていることを、僕らはもっと知るべきだ。どうやって知ればよいか? しっかりと見るだけだ」

では、なぜしっかりと見なければいけないのか?

「知ることは大事なのだ。人は愚かだと昔からよく言われてきたけれど、知っていることを間違えるほど愚かじゃない。知らないから人は間違う。知ろうとすれば知れるのに、知ろうとしないこともある」

「少なくとも、これだけは言える。何が大切で何がどうでもよいのかの判断は、知ってから初めてできる。知らなければその判断もできない」

筆者は、この森氏の考え方を全面的に支持する。真鍋氏の「命の授業」は、本来ならば肉や魚を食べる人なら、誰もが1度は受けるべき授業なのだと思う。

(谷川 茂)

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