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任侠山口組が「絆會」に改称 秘密裏に出された通達全文入手

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提供:週刊実話

 六代目山口組と神戸山口組との対立が緊迫感を増す一方、“第三極”と目される任侠山口組(織田絆誠組長)が、突如として改革を断行した。幾度となく組織形態を変えてきたが、今回は“山口組との決別”を意味するものだった。

 関西の組織関係者が言う。

「1月11日ごろ、任侠山口組が組織名を変更するいう噂が飛び交ったんや。寝耳に水やったけど、以前から話し合われとったらしいで」

 翌日、正式声明が出され、新組織名を発表。本誌が入手した〈御通知〉と題された文面によると、山口組分裂抗争の激化が関係していることが分かったのだ。

〈この度、任侠山口組と致しましては、昨今、世間様をお騒がせしております抗争事件の情勢を鑑みまして、これ以上、一般市民皆様への巻き添え等、日常生活への不安を煽る訳にはいかず、少しでも解消すべく、新たなる道を歩む決断を致しました。
 この数年間、世間様には、山口組三つ巴による分裂抗争等とお騒がせするという、不本意な現状に甘んじて参りましたが、我ら任侠山口組と致しましては、結成当初より、真の任侠道を取り戻すべく、脱反社を最終目標に掲げ、その為にも先ずは山口組の再統合と大改革を目指して参りました。
 しかしながら、この数ヵ月間の情勢を鑑み、現状では極めて困難で有ると判断致し、親分はじめ組員一同協議の結果、代紋及び組織名を【絆會】と改め、新たなる出発をする事と致しました〉

 文末には〈令和二年一月十二日 絆會総本部〉とあり、同日付で改称したことを示していた。

 組織の歩みを振り返ると、神戸山口組の若頭代行を務めていた織田代表(当時)を事実上のトップとして、池田幸治・四代目真鍋組組長(兵庫尼崎)、山健組元直参らによって、平成29年4月30日に「任俠団体山口組」を発足。わずか3カ月後には、「任侠山口組」に改称した。その後、従来のヤクザ組織同様に若頭などのポストを設けながらも、盃関係を結ばない横並びの組織形態を維持。ところが、昨年4月には盃儀式を執り行い、目まぐるしい変貌を遂げてきたのだ。

「神戸山口組から離脱して以降も山口組を名乗ってきたのは、いずれ一つになることを想定していたからのようや。けど、六代目側と神戸側との抗争で再び死者が出るに至り、合流を目指すのは違うとなったんやろな。結成から一貫して脱反社を掲げとるからな」(前出・関西の組織関係者)

 一般社会からのイメージとともに、組織の将来を意識した改革でもあるという。

「組長から織田会長になるわけやが、年齢は53歳と他団体の当代と比べてかなり若い。直参の平均年齢も若いほうやし、10年以上先も存続するために仕切り直したいうことやな。長野県飯田市で襲撃事件こそ起きたが、抗争に関してはほぼ静観してきた印象や。カタギに迷惑をかけんいう本来の任侠道を全うするつもりなんと違うか。実際、関係者からも『世論は大事』いう声が聞かれたで」(同)

 その上で、新組織名には独自の路線を歩むことになった決意が表れていた。

「毎年、新しい年を迎える際には、織田会長から全直参に『絆』の文字が刻まれた数珠のブレスレットが贈られるそうや。織田会長の名前のひと文字いうのもあるけど、盃関係のない当初から、絆を大事にしとるからいうのが理由みたいやで。思い入れのある言葉を新組織名に入れることで、山口組とは別の道を歩んでいくと決意表明したわけや」(同)

 しかし、警察当局の見方はシビアで、「菱の代紋を使わず、出身組織も分からなくすることで、活動しやすくなる面があるはずだ。六代目側や神戸側が特定抗争指定を受けて身動きが取れない今がチャンスでもあり、当局は水面下での動きを警戒している」(業界ジャーナリスト)という。

 変幻自在の組織を待ち構えているものも、また、予測不能といえそうだ。

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