【幻の兵器】生産数わずか30…主砲さえ手際よく開発されていれば太平洋戦争開戦時には量産可能だった「二式砲戦車」

まにあっく 2016年02月07日 14時00分

【幻の兵器】生産数わずか30…主砲さえ手際よく開発されていれば太平洋戦争開戦時には量産可能だった「二式砲戦車」

 日本陸軍は1934年に初の機械化諸兵連合部隊である独立混成第一旅団を編成し、支援兵器をも含んだ先進的な発想にもとづく機械化部隊の育成に着手した。やがて陸軍技術本部は「自走式戦車支援砲」の研究に着手し、基本的には「戦車隊と行動をともにし火力による直接支援に任ずる自走式火砲につき研究す」としていた。この「自走式戦車支援砲」とは戦車部隊の対戦車砲狩りを担当する兵器であり、これが後の二式砲戦車へと発展する。事実、この兵器はあくまでも「砲戦車」で、砲兵所管の「自走砲」ではない。

 ところが1937年に北京の西方で実施されたチャハル作戦で、参謀なのになぜか作戦の指揮を執った東條英機中将(当時)の拙劣な作戦指導で独立混成第一旅団は活躍できず、陸軍部内では機甲部隊無用論が大勢を占めた。翌38年には独立混成第一旅団が解隊され、この「自走式戦車支援砲」の開発も極めて重大な影響を受けた。というもの、この「自走式戦車支援砲」とはあくまでも戦車部隊の装備兵器であり、歩兵部隊が必要としていた兵器ではなかった。そのため開発は遅々として進まず、採用までには数年を必要としたのである。

 研究、開発がはじまった「自走式戦車支援砲」は、車体こそ試作車が完成したばかりのチハ車(九七式中戦車)を転用することですんなりと決まったようだが、問題は装備する新主砲の開発であった。事前研究、情報収集の後、設計作業に着手したのだが、先に述べたような事情から1939年には設計方針が大幅に変更され、作業は振り出しに戻ってしまった。

 結局、試作一号砲が完成したのは1940年で、試作車が完成して試験に着手したのは1941年だった。翌42年はじめには新型車体(一式中戦車との説がある)を使用した試作二号車が完成し、各種試験の結果が良好だったため43年(昭和十八年)には二式砲戦車(ホイ車)として仮制式採用となった。搭載していた主砲も九九式七糎半戦車砲として仮制式採用され、三菱重工で砲戦車の生産がはじまったものの、生産数はわずか30両に留まった。完成した二式砲戦車は全て本土に配備され、実戦に投入されることはなかった。

 二式砲戦車の車体は原型となった九七式、あるいは一式中戦車の車体とほぼ同じで、流石に防盾付近はかなり変っているものの、砲塔も基本的には九七式改型の変形と言えるだろう。つまり、二式砲戦車とはあくまでも九七式中戦車の変形に過ぎず、主砲さえ手際よく開発されていれば太平洋戦争の開戦時には量産さえ可能だったといえる。確かに、残念ながら当時の日本は火砲全般に関する技術が立ち後れており、中でも戦車砲の開発には非常に大きな障害が立ちはだかっていた。

 実際、通説では九九式七糎半戦車砲は九四式山砲の改修型であり、原型の山砲は野砲と異なり砲身が短く薬筒が軽量なので、技術的に困難な駐退復座機(発射時の反動を受け止めて砲身を元の位置へ復帰させる機構)を新規開発せずとも小さな砲塔に装備が可能だったとされている。だが、現存する写真をそれぞれ見比べると、九四式山砲は駐退復座機が砲身の下に取りつけられているのに対し、九九式七糎半戦車砲は砲身の上に取りつけられている。その他、データによると砲身長も変っており、たとえ転用だったにしても、九九式七糎半戦車砲には新規開発と同様の労力がかかったとみてまちがいないだろう。

 その他、資料によっては1942年はじめに完成した試作車は一式中戦車と同じ車体を使用したとしているが、その一式中戦車は試作車完成が同じ年の秋なので日付が一致しない。可能性はいくつか考えられるものの、量産車の車体が一式中戦車と同様の溶接構造だったため、関係者の記憶が混乱したというものがもっとも説得力に富んでいる仮説であろう。ただ、もしも主砲を新規開発したか、あるいは新規開発と同様の労力をかけたというのなら、なぜそこまで凝った設計にしたのかという疑問は残りつづける。なにしろ、二式砲戦車の開発とは、要するに主砲の開発を行っていたようなものなのだ。

 最初に述べたように、二式砲戦車の原型となった「自走式戦車支援砲」のコンセプトそのものは情勢に即したものであり、もしも九七式中戦車と並行して生産、配備されていたならば中国戦線やマレーなどで一定の戦果を揚げた可能性が高いと推測できる。また、資料によっては九九式七糎半戦車砲からタ弾(成形炸薬弾)を発射することを検討していたとするものもあり、もしそれが実現していたら日本軍でもっとも対戦車能力の高い戦車となっていただろう。

 しかし、残念なことに二式砲戦車が仮制式採用となった1943年は日本軍がアメリカ軍の本格的反攻に直面していた時期で、軍需動員計画も戦車を削って航空機の生産に集中するように改定されたばかりだった。既存の中戦車さえ生産が圧縮されているような状態で、新型砲戦車の量産どころではなかった。結局、二式砲戦車も他の日本戦車と同様に、出し遅れの証文となってしまったのだ。

(隔週日曜日に掲載)

■二式砲戦車
全長:5.73m
全幅:2.33m
全高:2.58m
重量:自重15.4t 全備重量16.7t
速度:44km/h
行動距離:200km
主砲:九九式七糎半戦車砲×1
副武装:九七式車載重機関銃×1
装甲:50mm
エンジン:統制型一○○式ディーゼルエンジン240hp/2000rpm
乗員:5名

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