世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第208回 保護主義の時代、来たれり

社会 週刊実話 2017年02月09日 10時03分

 1月20日、新たにアメリカ大統領に就任したドナルド・トランプは、就任演説において、
「Protection will lead to great prosperity and strength.(保護主義は大いなる繁栄と強さをもたらす)」
 と、アメリカ国民や企業、市場を「保護する」政策に転換することを宣言した。保護主義の時代、来たれり、だ。
 保護主義の逆、グローバリズムあるいは自由貿易主義とは、政府による規制、保護を可能な限りなくすことを「善」とする考え方だ。特に、国境におけるモノ、ヒト、カネの移動について制限をかけない。各国が自由にモノやサービスを輸出入し、移民を奨励。資本移動についても自由化し、政府の規制を最小化することが経済成長をもたらすという「イズム」なのである。

 当たり前の話だが、すべてを自由にする「究極の自由主義」と、すべてを政府が規制する「究極の保護主義」との間には、無限のバリエーションがある。トランプ大統領は演説において、過去数十年のアメリカでは、
 「ワシントンの主流派たちは、自分たちは守ったが、アメリカ国民は守らなかった」
 と、アメリカ第一主義を貫き、二つの単純なルール、「バイ、アメリカン。ハイアー、アメリカン」を採用することを明言した。
 「アメリカ製品を買え。アメリカ国民を守れ」
 という話なのだが、よくよく考えてみるとアメリカ大統領がアメリカ国民を「保護するために働く」のは、当たり前の話だ。大統領や国家が国民を守らないというのであれば、政治家も政府もいらない。

 トランプの大統領就任式の3日前、イギリスのテリーザ・メイ首相がロンドンで演説し、
 「EUからの移民流入を制限していくため、欧州の単一市場から脱退する」
 との方針を表明。イギリス国民を移民流入から「保護する」決意を示した。
 EUは世界で最も進化した、別の言い方をすると「各国の主権を制限する」グローバリズムの国際協定である。グローバリズムと一言で言っても、実際には「段階がある」点に注意しなければならない。

 穏やかなグローバリズムから、厳しいグローバリズムまで、順番に並べると、
 (1)モノの移動の自由化(関税緩和、撤廃)
 (2)サービスの制度の統一
 (3)資本移動の自由化
 (4)労働者移動の自由化
 (5)法制度の統一
 となるだろうか。

 もちろん、穏やかなグローバリズムであるモノの移動の自由化にしても、例えば「農業」とそれ以外の製品を同じ土俵で比較するのは間違っている。何しろ、農業が自由化され、国民農業が崩壊すると、その国の食料安全保障が崩壊する。すなわち、何らかの事情で国民が「飢える」確率が高まる。
 ちなみにEUの場合、先の(1)から(5)で言えば、最も厳しい「法制度の統一」についてまで踏み込んでいる。イギリス国民はブリュッセル(EU本部所在地)の官僚たちが考案した、不可解な法律の受け入れを強いられていたわけだ。
 メイ首相はEUから「完全撤退」すると表明したが、別に鎖国するわけではない。グローバリズムの各段階の「どこまで戻すか?」について今後、検討、交渉していくことになる。

 メイ首相は演説において、部分的にEUに残るような中後半端なことはしない、EU域内からの移民を制限すると断言したが、別にEU諸国と「国交断絶」するわけではない。単に「新たな国際関係を模索しよう」という話にすぎない。
 例えば、グローバリズムの段階で言えば、EUから抜けたとしても投資協定やEPA(経済連携協定)をEU諸国と結び直すことで、「資本移動の自由」までは互いに認めるという妥協点はある。あるいは、より段階を引き下げ、「モノの移動の自由化についてはこれまで通りで」でも構わない。
 トランプ大統領にしてもメイ首相にしても、無限にバリエーションが存在する「究極の自由主義」と「究極の保護主義」との間の適切なポイントを探っているだけという現実を理解しなければ、極論ばかりが横行することになる。

 トランプ大統領に話を戻すが、過去何十年間も自由貿易を標榜し、第2次グローバリズムを主導したアメリカの大統領が「保護主義は大いなる繁栄と強さに結び付く」と、就任演説で宣言した。これは、否定することができない事実だ。空前絶後の「レジーム・チェンジ」と表現しても構わないだろう。
 トランプ大統領の演説は、その日のうちに日本語訳され、テレビ、新聞各社が「トランプ演説全文」として報じた。そして最初に全訳を公開したNHKが、この「保護主義は大いなる繁栄と強さに結び付く」の一文を省略したため、筆者は愕然としてしまったわけである。
 NHKはトランプ大統領の言葉「We must protect our borders.(われわれは国境を守らなければならない)」を「われわれは国を守らなければならない」と訳し、さらに「Protection will lead to great prosperity and strength」という一文を、丸ごと「全訳」からカットした。他紙がNHKに倣った場合、日本国民はアメリカ新大統領の保護主義宣言を知ることがなかったことになる。

 筆者をはじめ、内閣官房参与の藤井聡教授などがNHKの悪質な「報道しない自由」を取り上げ、批判を展開した。結果、NHKは翌日にはborderの訳を「国境」に修正し、同時に「保護主義こそが偉大な繁栄と強さにつながるのです」という一文を追加したのだが、これが日本のマスコミの実態である。
 例えば、border(国境)を「国」と訳したことについては、「文脈から、そのように意訳した」と強弁できないこともない。とはいえ、演説文において最も重要な「Protection will lead――」の日本語訳を省いたことについては、これは言い訳が利かない。NHKは、トランプ大統領の保護主義宣言を日本国民に知らせたくなかったのだ。

 今後の日本においては、アメリカが「アメリカ国民を守る保護主義」に舵を切ったことを認められず、これまでグローバリズムを信奉していた政治家や官僚、学者、評論家、誰も彼もが言論の混乱に陥ることになるだろう。
 保護主義の時代、来たれり――。この現実に対応できない場合、わが国の将来は暗澹たるものにならざるを得ない。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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