トルコのメディアは捜査当局から得た情報を細切れに報道してきた。そしてトルコ当局は音声録音の存在を正式には明らかにしてこなかったが、今回録音していたのが明らかになったわけだ。
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は12日、音声録音を聞いた者の情報として、「犯行の実行者の1人はリヤドに電話し『任務が完了したことを上司(ボス)に伝えてほしい』と語っていた」と報じ、ムハンマド皇太子がカショギ氏殺害を命令したことを強く示唆する記事を掲載している。
サウジはカショギ氏殺人事件で、トルコ側の情報攻勢に守勢一方だった。犯行をいったんは否定したもののそれが難しくなると、総領事館内でのケンカによるアクシデントによる死とし、それが怪しくなると、イスタンブールに派遣された18人の特別団の殺人説まで認めてきた。それは、ムハンマド皇太子に容疑が及ぶことだけは絶対に避けたかったからだ。
しかし、捜査網はいよいよ皇太子周辺に近づいてきた。音声録音の内容を詳細に解析する段階で皇太子の犯行が浮かび上がるのは、もはや時間の問題だろう。
カショギ氏は総領事館に入った直後、ビニール袋をかぶされ、窒息状況で殺された可能性が高まっている。同氏の遺体はバラバラにされた上で、化学液で溶かされ、下水に流されたという。その犯行は映画『ニキータ』に登場する”溶かし屋”の残虐さだ。
ところでトルコによるサウジ総領事館盗聴は合法なのだろうか?
エルドアン大統領自身が音声録音の存在を認め、それを主要関係国と共有したというが、誰がその音声を録音したのか。トルコ側が録音したと考える以外にない。すなわち、トルコは自国内の外国公館内(治外法権)で盗聴装置を設置していた可能性が高い。
「明らかに国際条約に違反するものの、サウジの犯行を厳しく糾弾する声はありますが、トルコ側の不法盗聴についてはどの国も表立っては批判していません。それはどの国もやっているからです。トルコ側はここにきて初めて音声録音の存在を認めたわけですが、なぜ事件発生直後に発表しなかったのでしょう。トルコ側は録音の内容をメディアに流すだけで、その音声録音の存在は認めてきませんでした。なぜならば事件直後に盗聴を認めれば、トルコ側も不法行為をしてきたと糾弾される恐れがあったからでしょうね。自国に批判が向かないと見て公表したのではないでしょうか」(国際ジャーナリスト)
それではどのようにして犯行現場を音声録音したのだろうか。考えられるやり方は、①総領事館内に盗聴器を設置、②スカイプでリヤドと犯行現場とのやり取りを傍聴、③アップル・ウォッチによる録音などが考えられる。
この中で①と②がもっとも現実的なやり方だ。トルコ当局はメディアに②と③の可能性を示唆する情報をリークしてきたが、それは①の盗聴に疑いが向かないように意図的に流したのだろう。
「世界の国々では自国と対立したり、国益で衝突している国の大使館や公館への盗聴など、さまざまな方法で監視していると考えて間違いありません。米国家安全保障局(NSA)は、メルケル独首相の携帯電話を盗聴し、会話内容すら傍聴しているわけですから。とはいえ、今回の事件を突破口に、外国公館への盗聴行為に市民権を与えれば、今後さまざまな不祥事が起きることになるでしょうね」(同)
ムハンマド皇太子による専制恐怖政治は、有力王子らを監禁して財産を没収する一方、「女性の自動車運転」を認めるジェスチャーで民主化を装いながら、イエメンに軍事介入して500億ドルもの軍事費を浪費し、国有石油会社アラムコの上場を見送るなど、次世代の経済計画をほとんど白紙に戻してしまった。そこにカショギ事件だ。
まさに「アラブの春」を「アラブの冬」に戻した張本人と言える。