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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 ★第311回 実質賃金の真実

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提供:週刊実話

 今年、最大級の衝撃を受けてしまったのだが、安倍晋三内閣総理大臣は、国会の衆院予算委員会において、共産党の志位和夫委員長が「安倍政権以前の方が実質賃金は高かった」と指摘したのに対し、
「(安倍政権前は)デフレという異常な状況だったため」
 と説明し、
「名目賃金を物価で割り戻したのが実質賃金。実質が高いのはデフレ自慢」
 であると反論した。さらに、就業者数の拡大により、総雇用者所得は拡大していると強調。ただし、総雇用者所得を就業者数で割って算出されるのは「名目賃金」であり、実質賃金ではない。「就業者数が増えている」「総雇用者所得は拡大している」では、実質賃金低下に対する反論にならないのだ。

 それはともかく、筆者が衝撃を受けたのは、安倍総理大臣が実質賃金について「何も理解していなかった」ことが明らかになってしまったことだ。もっとも、恐らく国会議員や国民の100%近くが理解していないとは思う。というわけで、今回は実質賃金の真実について解説しよう。

 実質賃金は「物価の変動を除いた賃金」という定義になっている。例えば、給料が5%上昇したとして、同じ時期に物価が10%上昇してしまうと、実質賃金は下がる。逆に、給料の伸びが2%にすぎなかったとしても、物価上昇率が1%ならば実質賃金は上昇する。この時点で、安倍総理の冒頭の答弁が「完全に間違っている」ことが理解できる。

 図の通り、日本の実質賃金指数は1997年(厳密には'97年1―3月期)にピークをうち、その後は中長期的に下落している。

 日本経済はバブル崩壊という需要(消費+投資)縮小期に橋本政権が消費税増税、公共投資削減といった緊縮財政(消費、投資を減らす政策)を強行。経済が完全にデフレ化し、物価が下がり、「それ以上のペースで賃金が下がる」形で実質賃金が下落していったのだ。

 安倍総理の「実質賃金が高いのはデフレであるため」が正しいとなると、'97年以前の日本も「デフレ」という話になってしまう。'97年以前の日本は、物価は上昇していたが「それ以上のペースで賃金が上がる」ことで、実質賃金は増え続けたのである。「物価上昇+それ以上に名目賃金が上昇」で実質賃金が高まっていくのが、経済の「常態」だ。

 デフレ(物価下落)期だろうが、インフレ期だろうが、実質賃金は上がることもあれば、下がることもある。安倍総理の実質賃金に対する認識は、実にナイーブ(幼稚)だ。

 実質賃金は、何で決まるのか。実は簡単で、生産の「量」で決まる。

【1年前】
 製品の付加価値(粗利益)=10円 販売数量=10個 企業の所得=100円
 製品の付加価値(売上ではない)が10円で、10個売れたとき、企業の所得(利益)の総計は100円になる。この状況から物価が10%下落。数量は10個のままだとする。
【今年(1)】
 製品の付加価値=9円 販売数量=10個 企業の所得=90円
 所得が10%下がってしまった。名目賃金10%の下落だ。それでは、実質賃金はどうだろうか。物価と所得が共に10%下がったため、実は実質賃金に変化はない。
 次のケース。物価が下落し、販売数量も10%減少。
【今年(2)】
 製品の付加価値=9円 販売数量=9個 企業の所得=81円
 所得が19%下がり、物価は10%減。物価は下がっているものの、それ以上に名目賃金が下がり、実質賃金も下落。ちなみに、1年前と比べて実質賃金が何パーセント下がったかは、筆者は0.5秒で分かる。10%下落だ(理由は後述)。
 次のケース。1年前と比べて物価が20%上昇、販売数量が10%下落。
【今年(3)】
 製品の付加価値=12円 販売数量=9個 企業の所得=108円
 (3)の場合、物価は20%上昇したが、名目賃金は8%しか上昇せず、実質賃金が下落。今回も、実質賃金が何パーセント下がったか、筆者は瞬時に分かる。10%下落だ。
 安倍政権下では、この(3)のケースで実質賃金が下がっている。
【今年(4)】
 製品の付加価値=9円 販売数量=12個 企業の所得=108円
 (4)の場合、物価が下落しているにも関わらず、名目賃金は8%上昇。ちなみに、実質賃金は20%上昇。
 要するに、実質賃金は「物価下落期」でも上がるケースがあり、下がるケースもあるのだ。理由は販売数量によって実質賃金が決まるためだ(というわけで、筆者は実質賃金の変動が瞬時に分かった)。

 物価が下がろうが上がろうが、1人当たりの販売数量(=生産数量)が増えれば、実質賃金は上昇する。すなわち、生産性向上だ。

 お分かりいただけただろう。デフレの本質は「貨幣現象」ではない。「生産数量=販売数量」の減少なのだ。すなわち、総需要の不足である。総需要が減っている以上、物価と関係なしに実質賃金は下落する。この基本を理解していない人が、あまりにも多い。恐らく、政治家の99・999%、つまりはすべての国会議員が理解していないだろう。

 実質賃金は1人当たりの生産数量、すなわち「生産性」で決まる(「給与所得者個人の実質賃金」という意味では、労働分配率も影響するが)。

 冒頭の答弁で、総理が実質賃金について何も理解していなかったことが明らかになってしまった。大変、残念だ。

 (4)のケースから分かる通り、物価が下がったとしても、販売(生産)数量が増加すれば、実質賃金は上昇する。第二次安倍政権期に実質賃金が下がったのは、単に生産数量、すなわち「総需要」が減ったためなのである。つまりは、総需要の縮小というデフレーションが続いているのだ。結果、国民が貧困化している。だからこそ、安倍政権は批判されるべきなのである。

 恐らく、質問をした共産党側も、実質賃金について正しく理解していないだろう。日本には、本稿で解説した「経済の基本」を理解し、国民の実質賃金上昇を「政策目標」とする政党、政治家が必要だ。

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みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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