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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第79回 蟻のひと穴

 日本経済を安定的な成長路線に「引き戻す」ために、必要な政策とは何だろうか。ずばり、国民の実質賃金を引き上げる政策になる。
 すなわち、安定的な雇用を増やし、国民が将来にわたり「所得の上昇」を確信できる環境を構築する必要があるのだ。

 日本国民の労働人口の多くが安定した雇用を手に入れ、将来不安が払拭されてはじめて、国内の消費という需要(民間最終消費支出)が最大化される。
 当たり前だが、将来についての不安に苛まされている人は、安心して消費(及び住宅投資)を増やすことはできない。

 2014年第一四半期の民間最終消費支出は、対前期比2.1%増という驚異的な伸びを見せた。とはいえ、別に説明が必要とは思わないが、第一四半期の消費の伸びは、単に消費税増税前の「駆け込み消費」があったに過ぎない。
 あまりにも駆け込み消費が多かったため、逆に第二四半期以降の落ち込みが心配になるほどであった。

 さて、日本国民の「安定的な雇用」を実現するための政策とは何だろうか。
 特に難しい話ではなく、政府が国内に需要(仕事)を創出しつつ、過去に「緩和」が進んでしまった労働規制を「強化」することになる。
 労働規制を強化することで、企業が正規雇用を増やさざるを得ない状況にする。同時に、政府が国内の需要を創出することで、労働分配率(売上に占める人件費の割合)が上昇しても、企業が利益を出すことが可能な環境を作るのである。

 ところが、現実の安倍(晋三)政権は「真逆の方向」に舵を切っている。労働規制を緩和し、実質賃金を切り下げる政策ばかりを推進しているのだ。
 竹中平蔵氏は、5月10日のテレビ愛知『激論コロシアム』の討論で、筆者らに対し、正規社員は「既得権益である」と明言した。パソナ・グループの取締役会長にして、産業競争力会議の「民間議員」(という名の民間人)である竹中氏が、「雇用の安定」を忌むべきものと認識していることがわかる。

 現在、様々な「労働規制の緩和」が推進されているが、その一つが「正規社員の残業代廃止」、つまりは正規社員という「岩盤規制」の破壊である(いわゆるホワイト・カラー・エグゼンプション)。
 正規社員に残業代を払うと、企業の人件費が上昇し、「グローバル市場における企業の国際競争力(という名の価格競争力)が低下する!」という話になってしまう。
 日本国民の実質賃金を引き下げ、貧困化させ、他国民との「底辺への競争」に放り込み、企業のグローバル市場における価格競争力を高めるためには、とにかく何でもやってくるのが「彼ら」である。

 5月27日、厚生労働省が「高度な専門職」かつ年収が数千万円以上の人を労働時間規制の対象外とし、仕事の「成果」だけに応じて賃金を払う新制度を導入する方針を固めたとの報道が流れた。
 厚生労働省は「民間人(主に経営者)」を中心とする産業競争力会議の提言を受け、労働時間規制緩和の妥協案を公表したのだ。
 筆者は元々の産業競争力会議の提言も読んだのだが、仰天してしまった。年収要件が「なし」だったのである。

【産業競争力会議の案】
●年収要件:なし
●対象職種:(一定の責任ある業務、職責を持つリーダー)経営企画・全社事業計画策定リーダー、海外プロジェクトリーダー、新商品企画・開発、ブランド戦略担当リーダー、IT・金融ビジネス関連コンサルタント、資産運用担当者、経済アナリスト
●条件:労使の合意、本人の同意
 当初の産業競争力会議の案に対し、厚生労働省の対案は以下になる。
【厚生労働省の案】
●年収要件:あり(数千万円以上)
●対象職種:世界レベルの高度専門職、為替ディーラー、資産運用担当者、経済アナリスト
●条件:未定

 厚生労働省の案の場合、日本の正規社員のほとんどが無関係ということになる。そうであったとしても、「ああ、自分は関係ないのか。良かった」などと安心することはやめて欲しい。
 我が国の「派遣労働の解禁」は、中曽根(康弘)政権時代に解禁され、橋本(龍太郎)政権期に業務の範囲が一気に拡大し、小泉(純一郎)政権期に、ついに「製造業」でも認められる、というプロセスを経て拡大していった。

 我が国の派遣解禁、拡大の歴史を振り返ってみよう。
●1986年:専門的な13業種のみの派遣業認可(ポジティブ・リスト)。後、26業務に拡大
●1999年:派遣業についてネガティブ方式に(禁止業種以外は解禁)変更
●2004年:製造業の派遣について解禁
●2007年:製造業の派遣の期間延長(1年から3年に)

 要するに、最初は「門戸が狭い」ポジティブ・リスト方式で「蟻のひと穴」を開けられ、その後、次第に対象が拡大し、ネガティブ・リスト方式に変更、さらにネガティブ・リストの縮小という形で「規制緩和」の範囲が広がっていったのだ。
 同じことを、「労働時間規制緩和」についてもやられはしないか、非常に危惧している。と言うより、「彼ら」は確実にやってくるだろう。

 筆者は「雇用の安定」こそが、かつての日本の企業の「強み」だったと確信している。
 特定の会社に勤め、安定的な雇用の下でロイヤリティーを高めた「人材」が、自らの中に様々な技能やノウハウ、技術を蓄積し、同じく雇用が安定した「同僚」とチームを構成し、世界に立ち向かう。
 これこそが、グローバル市場における「本来の日本の勝ちパターン」であったはずだ。
 労働規制を緩和すると、人件費削減が可能となり、確かに企業の短期的な利益は増える。
 とはいえ、企業は短期利益追求のあまり、中・長期的に競争力を喪失していないだろうか、という問題提起を、今こそしたいわけである。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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