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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第125回 日本の真の成長戦略

 さて、ずいぶんと色褪せてしまってはいるが、2012年末に第二次安倍(晋三)政権が発足し、アベノミクス「三本の矢」が始まった。一本目の矢は金融政策、二本目の矢は財政政策、三本目の矢が成長戦略であると“謳われた”わけである。

 金融政策と財政政策の組み合わせ、すなわち一本目の矢と二本目の矢のパッケージは、デフレ対策の王道だ。
 デフレとは「総需要の不足」が原因で発生する。総需要とは国内の消費、投資、そして純輸出の総計、つまりは「支出面のGDP」そのものになる。
 支出面GDPが不足している以上、日本政府が財政出動で消費や投資を増やし、日本銀行が国債買取(=通貨発行)で金融面の支援をするという政策パッケージは、デフレ対策として完璧に正しい。

 問題は、三本目の矢「成長戦略」である。
 2012年11月、総選挙が始まった頃、安倍総理(当時は「総裁」だが)は、第一の矢が「金融政策」、第二の矢が「財政政策」と説明し、さらに第三の矢の「成長戦略」について、
 「スーパーコンピューター『京』や、iPS細胞のような高度医療を発展させる」
 と語っていた。
 その時点で、総理は早くも「イノベーション(革新)」という抽象的な表現を使っていたのだが、筆者は、
 「スパコンや最先端医療に政府が投資するならば、結局は【財政出動】になるわけで、デフレ対策として有効だ。総理は山口県出身なので、【三本の矢】という言葉を使いたいのだろう」
 程度に思っていた。
 その後、実際に「成長戦略」のメニューがオープンになると、法人税減税、労働規制緩和、混合診療、農協改革、電力自由化や発送電分離など「政治力で規制緩和させ、参入障壁を下げさせ、既存の市場(所得)のパイに新規参入し、新たな付加価値を生み出すわけではないにもかかわらず所得を奪っていく」いわゆる「レント・シーキング」、しかも安全保障を弱体化させるレント・シーキングがずらりと並び、唖然としてしまったのである。
 いつの間にか、成長戦略が規制緩和に代表される「構造改革」に化けてしまった。

 そもそも、規制緩和にせよ、構造改革にせよ、市場の競争を激化させ、物価を引き下げる「インフレ対策」だ。
 構造改革(成長戦略)がデフレ対策ではないことは、浜田宏一内閣官房参与も、岩田規久男日本銀行副総裁も、さらには竹中平蔵氏(パソナ・グループ取締役会長)も認めている事実である。

 なぜ、デフレ脱却を標榜して誕生した政権が、物価を押し下げるインフレ対策を実施しなければならないのか。
 新たに市場に参入し「既存所得のパイ」から所得をかすめ取ろうとしているレント・シーカーたちのビジネス目的ではないというならば、何が理由だというのか。

 だいたい、政府が「成長戦略」を構築するという時点で奇妙な話だ。政府に「○○の分野が成長する」などということが、事前にわかるはずがない(ついでに書いておくと、民間にもわからない)。
 民間が様々な分野に投資し、ビジネスを展開。後になって「○○の分野が成長分野だったのだ」ということが判明するに過ぎない。事前に成長分野を特定することが可能ならば、この世から“投資の失敗”が消え失せることになる。

 それでも、「三本の矢」を揃えたいということで、どうしても「成長戦略」を立てたいならば、安倍総理は初心に帰り、「未来」のための大規模プロジェクト、最先端医療、宇宙開発などに「投資する」という意味におけるイノベーションを訴えるべきだ。すなわち、民間が投資しにくい分野への財政出動である。
 そういう意味で、結局のところ「成長戦略」とはいっても、第二の矢「財政政策」の一環になるわけだが、デフレ対策としては間違いなく正しい。
 実際、次世代スパコン『Suiren(睡蓮)』や、リニア中央新幹線、そして国際リニアコライダー(電子・陽電子の衝突実験による将来の加速器計画)といった「正しい意味の成長戦略であるイノベーション」のプロジェクトも、一部では進行している。

 2027年に東京〜名古屋間、2045年(!)には名古屋〜大阪間が開業予定の超伝導リニア技術を駆使したリニア中央新幹線だが、4月21日、山梨県の有人走行試験において「時速603キロメートル」を記録し、自らが持つ世界最高記録を更新した。人間が“地上”を時速600キロ超で移動したのは、人類史上初めてのことである。
 もっとも、JR東海は現時点では“私費”でリニア中央新幹線を建設する予定になっている。そのため、特に大阪までの開通時期が異常に遅くなってしまっているのだ。
 政府はJR東海に「無利子無担保」で資金を貸し付け、余計な口を挟まないことを約束し、東京〜名古屋〜大阪同時開通を目指すべきである。さもなければ、関西地区の経済の地盤沈下は避けられない。

 また、リニアといえば大規模直線加速器である「国際リニアコライダー(ILC)」の日本国内建設を決断する時期が迫っている。
 ILCについて技術的に細かい話を書くスペースはないが、全長31キロメートルから50キロメートルに達する「超伝導加速空洞」の中を、高さ5ナノメートルという超平行ビームを両端から送り出し、加速し、衝突させる「世界最大の超精密機器」になるという。
 これらILC建設の有力候補地になっているのが、岩手県一関市から大東町大原にかけた一帯なのである。野村総研の試算によると、ILCの建設により、建設段階から運用段階に至る30年間で、全国ベースで約25万人もの雇用機会が創出される。
 また、公益社団法人日本生産性本部は、ILCを日本に建設した場合、我が国の産業界に起きるイノベーション(この場合は経営革新)の経済効果として、一次効果と二次効果を合わせると、30年間で計44.7兆円にも達すると試算している。

 ワクワクしてこないだろうか。真の意味での成長戦略、イノベーションとは、「国民」がワクワクするプロジェクトに政府や民間が投資するという話であり、一部の投資家や企業家だけがワクワクするレント・シーキングのための構造改革ではないのだ。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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