とはいえ涌井は今季安定感を欠き、9月8日時点の成績は5勝9敗で、8月末までは防御率がずっと4点台だった。キャリアを見ても実力がピークだったのは西武のエースだった2008年頃だ。その後は別人のように制球力が落ち、'12年と'13年は主にリリーフで投げた。その後ロッテに移籍して先発で蘇ったが、沢村賞を争うレベルの投手に戻ったわけではなく、現在は「3点台中頃の防御率は期待できる、故障しないのが取り柄のベテラン先発投手」といったところだ。
涌井は以前からメジャー志向が強く、昨年のオフ、ロッテ球団と新たに総額7億5000万円(年俸2億5000万円)の3年契約を交わした時も、本人が希望すれば途中で契約を解除できる条項を入れていた。今オフ、メジャーに挑戦する上で契約上の障害はない。
涌井がメジャーに移籍する場合、プラスになると思われる要素は次の5点だ。
●球種がたくさんあり、どのカウントでもすべての球種でストライクを取れる。
●体が丈夫で故障リスクが低い。スタミナもあり、ゲーム後半になっても球威が落ちない。
●先発、リリーフ、どちらでも使うことが可能。
●牽制テクニックと守備力が高い。
●典型的な打たせて取るタイプで制球力もあるため、先発の4、5番手で使えば、4.00前後の防御率と、二けたの勝ち星を期待できる“イニングイーター”になる可能性がある。
“イニングイーター”というのは、驚くような好投はしないが、大崩れすることもなく、登板するたびに5回ないし6回まで、2、3失点に抑えてくれる計算できる先発投手のことだ。
逆にメジャーに移籍する際、マイナスに作用すると思われるのは以下の点だ。
●「強力な武器」といえるレベルの球種がない。特に右打者を封じる球種がない。
●速球の威力に欠ける。フォーシームはスピードがいまいちで、一発リスクが高い。ツーシーム(シュート)は失投が多い。
●狙って三振を取れる球種がないため、打者を追い込んでもファウルで逃げられ球数が増える可能性が高い。
●ピークが8年前で、その頃の実力はない上、来年32歳でメジャーチャレンジの適齢期をすぎている。そのため高い評価を得られない可能性がある。
メジャー球団はこうしたプラス要素とマイナス要素をシビアに検討して、獲得するかどうか判断することになるが、メジャー契約で獲得に乗り出す球団はあるのだろうか?
■候補球団
涌井は今季不振な上、年齢的なハンデもある。だが、メジャー30球団の中には、ローテーションが崩壊状態で、リリーフにも人材を欠くチームがいくつもある。その代表格は、オリオールズ、レンジャーズ、マーリンズ、ジャイアンツ、アスレチックス、レッズ、タイガースあたりだ。
これらの球団は先発で使ってみて、ダメならリリーフで活用すればいい、というスタンスで涌井に興味を示す可能性が高い。また、マリナーズ、ロイヤルズ、エンジェルス、ブルージェイズなども、先発投手のコマが足りないので、5番手候補の1人として涌井獲得を検討する可能性がある。
■契約規模
涌井は'09年の沢村賞投手だが、ダルビッシュ有や田中将大のように名刺代わりになる必殺変化球もない。メジャー球団が魅力を感じる要素はそう多くないので、高い評価を得にくいのは事実だ。そのため、先発の2、3番手で使える投手と見て3年3000万ドル(33億円)規模の契約をオファーしてくる球団はないだろう。
しかし、先発の4、5番手候補、スイングマン(先発でもリリーフでも使える投手)候補としてメジャー契約をオファーしてくる球団はあるはずだ。その場合は2年400〜600万ドル程度の契約規模になるだろう。日本人投手はメジャーに来ると必ず故障するという認識が広まっているので、基本部分を2年300万ドル程度にして、出来高部分を大きくする契約になる可能性もある。
メジャーにチャレンジした日本人投手で、日本での最後の年の成績が涌井より悪いのは'96年オフに1年57万ドルのメジャー契約でエンジェルスに入団した長谷川滋利だけで、マイナー契約でメッツに入団した高橋尚成や、1年150万ドルでアスレチックスに入団した藪恵壹も、最後の年の防御率は涌井よりよかった。
しかし、涌井は9月2日のゲームで、メジャー球団のスカウトたちの前で、目を見張るピッチングを見せている。昨年はエース級の活躍を見せた実績もあるので、マイナー契約になることはないだろう。
スポーツジャーナリスト・友成那智(ともなり・なち)
今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2017」(廣済堂出版)が発売中。