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『平清盛』『忠臣蔵』貴族的な権威に人間味を対置

 NHK大河ドラマ『平清盛』が1月8日から放送を開始した。1月2日放送のテレビ東京系新春ワイド時代劇『忠臣蔵〜その義その愛〜』と共に貴族的な権威に人間味を対置させる内容になった。

 『平清盛』は平安末期、武士が貴族から差別されていた時代が舞台である。ドラマは源頼朝(岡田将生)が平家滅亡の報告を受けるところから始まる。オープニングで未来を描き、そこから時間を遡らせて物語を始める演出は珍しくない。昨年の大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』でもオープニングで成長した三姉妹を登場させた後で三姉妹の生まれる前に時間を遡らせた。
 しかし、清盛の敵役になる頼朝を登場させる演出は意表を突く。平家滅亡によって源氏の時代になったが、頼朝は「平清盛なくして武士の世は来なかった」と清盛を評価する。貴族化した平氏と幕府を開いた源氏は対比されがちであるが、近年の研究では平氏政権にも地頭の任命など武家政権的性格があったとされる。また、朝廷からの独立を企図したとされる頼朝も自分の娘を天皇の后にしようと画策しており、平氏政権と連続性を有している。
 白河法皇(伊東四朗)を頂点とする貴族社会は陰陽師の言葉に従って自分の子を殺そうとするなど人間味が欠落していた。これに対して人を切ることに罪悪感を覚える平氏の嫡男の平忠盛(中井貴一)や生きることの楽しみを語る白拍子の舞子(吹石一恵)の人間性が対比される。

 この権威主義的な悪玉と人間味ある主人公サイドという構図は『忠臣蔵〜その義その愛〜』にも共通する。『その義その愛』は赤穂義士随一の快男児・堀部安兵衛(内野聖陽)を主人公とする物語である。浅野内匠頭(市川染五郎)も人情味のある大名に描かれている。忠臣蔵は封建的な忠義の物語と解釈され、反民主主義的としてGHQから公演中止とされたこともあった。これに対して『その義その愛』では安兵衛の妻になる堀部ほり(常盤貴子)に義を溺れている子どもを助けるような人間的な心であると語らせている。
 忠臣蔵では悪役の吉良上野介であるが、名君だったとの説もあり、最近では単純な悪役として描きにくくなっている。『仮名手本忠臣蔵』では上野介は高師直になっているが、奇しくもNHK大河ドラマ『太平記』で高師直を演じた柄本明が上野介を演じた。『その義その愛』の上野介は嫌味な悪役になっているが、武勇よりも芸術を好む雅な趣味の持ち主であった。上野介の性格の悪さよりも、価値観の異なる者が一緒に仕事をしたことによる悲劇となっている。
 上野介の信奉する権威は茶道など文化に裏打ちされたものである。太平の世の中において浅野家の尚武の気風と上野介の風雅のどちらが良いかは議論が分かれるところである。一方で『平清盛』の貴族社会は血の臭いを嫌い、武士を蔑むものの文化や教養への裏打ちは見られない。逆に忠盛と心を通わせる舞子は今様(当時の流行歌)で人間性を歌い上げ、文化面でも貴族社会の権威に優位性を見せている。

 「驕る平家」と後世の評判の悪い平家であるが、大きく評価できる点は陰惨な身内同士の争いがなかったことである。これは3代で途絶えた源氏とは対照的である。天皇家についても『平清盛』では性の乱れを描いている。清盛は白河法皇の落胤であり、鳥羽天皇と中宮・藤原璋子の息子の崇徳天皇が実は白河法皇と璋子の不義の子であったとの説を採用する。
 これに対して平氏は健全である。白河院に追われた舞子を一家で結束して匿っている。継母による継子への微妙な感情が描かれたものの、『平家物語』などで伝えられている清盛と池禅尼の関係では大きな対立に発展することは考えにくい。松山ケンイチの平清盛は海賊的な荒くれ者のイメージを出しているが、人間性の面でも新たな平氏像を期待したい。

(林田力)

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