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本好きのリビドー

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提供:週刊実話

◎悦楽の1冊
『東京定点巡礼―我が写真回想記』 富岡畦草 日本カメラ社 2200円(本体価格)

★定点記録のパイオニアによる戦後東京の姿

 先頃痛ましくも全焼してしまった那覇の首里城だが、先の大戦での米軍の攻撃による炎上後の復元に人間国宝の染織家、鎌倉芳太郎の功績が極めて大なのはあまり知られていない。

 東京芸大出身の彼は沖縄で教師として教鞭をとる傍ら地元の美術工芸を研究。また、当時(大正年間)では最新式の機材を使っての写真撮影術をマスターして、首里城をはじめとする歴史的建築はもちろん、夥しい量の琉球文化をカメラに収め、収集した資料と併せたその数八千点近くとか。中にはのちに戦災で失われることになる歴代琉球王の肖像画なども含まれ、祖国復帰以前から沖縄における文化財の保存と伝承への貴重な貢献となったという。

 二度目のオリンピック開催を控えて急速に再開発の進む東京育ちの身ながら、かつて文明開化が呼号された頃の明治の東京を永井荷風が忌み嫌ったかのごとく、昭和39年の五輪を口実に当局が執行した町殺しを怒り、高速道路が上空に建架されて以後の日本橋の光景を呪う作家の小林信彦氏のような心情が、正直、昭和49年生まれの筆者にはいまひとつピンと来なかったもの。そんな世代間の溝を埋める最良の一助となり得るのが本書ではないか。

 教科書そのままの知識でいえば、“もはや戦後ではない”と経済白書に高らかに謳われたのが昭和31年の筈なのに、本書99ページ目にある国会議事堂前を写したショットに唖然とさせられる。昭和35年の8月日に撮影のそこには、ほぼバラック同然の家屋が文字通り議事堂の目と鼻の先で、しかも公務員用の宿舎。

 その時点でまだ防空壕暮らしの生活者もいたそうで――一瞬を永遠にする手段としての写真表現のかけがえのなさに、改めて思いを致すこと頻りだ。
_(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】

 週刊実話誌上で約1年にわたり連載されていた官能小説が、文庫にまとまった『人妻喰い』(三交社文庫/722円+税)、著者は二階堂修一郎氏。

 連載中のタイトルは『拳と美肉』。「あの連載か!」と、ご記憶の諸兄も多いはずだ。『芦屋未亡人』『犬になりたい上流夫人』『謎の鎌倉美人』など、ハイソでM気の強い奥様の不倫情事を描いた作品が多い。子供を連れて赴いた別荘で男と絡み合う「母は子の前で」など、背徳性の高い作品が所収されている。

 一方で、やけに強引で積極的なぽっちゃり女との愛欲セックスを描いた『田舎熟女』は、唾液を交換するディープキスのシーンが生々しくてエロい。

 どの作品にも共通している魅力は、女が精液や唾液をクチに欲しがり、飲みたがるフェチな描写。その従順で淫びな姿が、愛おしく感じる。

 そんな性癖を持つのはやはり人妻に限るとばかり、1冊の中にこれでもかと“ごっくんシーン”が登場するため、全編にわたって体液の匂いが充満している。二階堂氏が書く小説の特徴であり、ツボにハマるのだ。

 また、情事の相手をする主人公・武藤が道場を経営する60歳を超えた武道家というのも、ポイントが高い。体力にやや陰りは見えるものの、腕っぷしが強く精力旺盛で、熟女を組み伏せてはとことんヤリまくる。その姿に、実話読者諸兄はシンパシーと羨望を感じるだろう。ちなみに二階堂氏も、作家活動と並行して空手道場を経営しているそうだ。

(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

【話題の1冊】著者インタビュー早見和真

★競馬を全く知らない人も楽しませる自信がある

――競走馬や馬主の世界が圧倒的なリアリティーで描かれています。なぜ競馬をテーマにしたのですか?
早見 デビュー以来、僕は書くという行為がひたすらしんどく、一方で書くことを楽しんでいる他の作家をずっとうらやましいと感じていました。するとあるとき、担当編集者から「なら単純に好きなテーマを書いてみたらどうですか?」と提案されて、そのとき思いついたのが、学生時代に入れあげたことのある競馬だったというわけです。これまで書き続けてきた“父と子”というテーマにも通じるという確信がありました。

――競馬ファンのみならず、競馬を知らない素人からも好評ですね。
早見 競馬関係者や全国の競馬場、トレーニングセンターなど、競馬関連では余すことなく取材ができたと思っています。取材に応じてくれたプロの方々に「面白い」と言わせないといけなかった一方で、競馬を全く知らない読者のことも想定しなければなりませんでした。競馬の知識なしで楽しめる作品にしなければならなかったんです。
 実は取材している時に分かったのですが、ある厩舎の調教助手の方が『小説新潮』に連載していた『ザ・ロイヤルファミリー』を読んでくれていたんです。その人の感想が、やはり連載を読んでくれていた競馬を知らない女性書店員さんの感想と全く同じだった回があって。うれしかったし、これで行けるという自信にもつながりましたね。

――物語では馬主、馬、それぞれが親から子へと世代交代していきます。第2部では怒涛の展開が繰り広げられますね。
早見 最初から1部と2部で主人公がすべて入れ替わるイメージがありました。父が果たせなかった思いを子が受け継ぐ部分は書いていて楽しかったですね。
 馬主のマネジャーとして仕えるクリスの視点にしたのは“異世界”である競馬の世界を現実的なものにさせたかったから。カズオ・イシグロさんの『日の名残り』をヒントにしています。この案を話した編集者も「それだ!」と大喜びしていました。

――ラストでは引退を決めていた馬にまさかの出来事が起こります。
早見 書き進めるうちに「こういう終わり方もあるのではないか」と考えるようになりました。負けるのが当たり前の競馬ですが、でも、勝負は何が起こるか分かりませんからね。

――最後に実話読者に一言。
早見 この小説を読んだら競馬に勝てます(笑)。『ザ・ロイヤルファミリー』を読んで、年末、有馬記念でみんな一緒に笑いましょう!
_(聞き手/程原ケン)

早見和真(はやみ・かずまさ)
1977年神奈川県生まれ。’08年『ひゃくはち』で作家デビュー。’15年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。『ぼくたちの家族』『小説王』『ポンチョに夜明けの風はらませて』など多くの作品が映像化されている。

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