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ビートたけしにも枕営業で娘を売り込んだ“りえママ”の剛腕マネージャー伝説

 9月23日、肝腫瘍のために65歳の若さで亡くなった女優の宮沢りえ(41)の母親、“りえママ”こと宮沢光子さんの剛腕マネジャーぶりが明らかになった。
 「りえは『三井のリハウス』のCMでブレイク直後、“芸能界のドン”とされる芸能事務所社長の息がかかった事務所から独立という離れ業をやってのけ、関係者を仰天させた。当時は社長も唖然として手を拱くだけでしたよ」(芸能関係者)

 独立後のりえママは、利用できると睨んだ芸能人、映画・ドラマプロデューサー、さらに有能な広告代理店マンを強引に取り込んでいったという。
 「'92年にりえと即席ラーメンのCMで共演したビートたけしもその一人。海外ロケで泊まったホテルに深夜、突然りえが『ママに言われて来た』と現れた。たけしはりえを傷つけないようにモッコリさせながらも『早く帰って寝なさい』と帰したんです。母親自ら娘の“枕営業”を勧めるわけですから、さすがのたけしも、りえママのパワーに脱帽でしたよ」

 さらに内田裕也も、りえママのターゲットとなった。
 「裕也の酒癖の悪さを知る芸能関係者は避けるんですが、2人は頻繁に仲良く飲んでいました。裕也が男勝りのりえママの性格に惚れ込んだんですよ。その後、りえは裕也主演の映画『エロティックな関係』に出演しています」(映画関係者)

 りえはその後、貴乃花親方(当時・貴花田)と婚約したが、2カ月で婚約解消。それからは歌舞伎俳優の中村勘三郎(当時・勘九郎)が良き相談役になった。
 「勘三郎さんを選んだのもりえママ。ところが、りえに恋愛感情が芽生えたのが誤算でした。しかも関係を清算するために自殺未遂を起こして激痩せし、一時は女優生命も危ぶまれた。その時点で、りえママは表舞台から消えたんです」(事情通)

 '09年、元サーファーと“できちゃった婚”するも別居。離婚問題は泥沼化している。
 「りえママにとっては、娘の離婚成立を見届けないまま亡くなったのが心残りだと思います」(女性誌記者)

 最後ともいえる剛腕マネジャーに合掌。

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