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江戸時代のUFO

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画像はイメージです。

 UFO研究の歴史は短い。なぜならばその存在自体が注目され、本格的な研究が始まったのがロズウェル事件からといわれている。しかし、日本史をひも解くと江戸時代にUFOらしき物体と人間が接触したと思われる記述のある書物が数点存在するのだ。今回は江戸時代のUFOを取り上げてみよう。

 われわれは歴史民族学者のK氏に話を聞いた。
 まず有名な話は牧墨僊(まきぼくせん)という人物によってまとめられた「一宵話」の二巻に出てくる話。その話は以下のような文言で始まるという。
 〈神祖、駿河にゐませし御時、或日の朝、御庭に、形は小児の如くにて、肉人ともいふべく、手はありながら、指はなく、指なき手をもて、上を指して立たるものあり〉
 (徳川家康が住んでいた駿府城にいたある朝庭に小児のようで、手はありながら指はなくその手で上方を指していた肉人とでも呼ぶような怪人が現れた)
 「“小児のようで指なく”といったらドラえもんのような存在でしょうか、非常に近未来的です。結局この生き物は徳川家康の命により山に捨てられてしまうのですが…」
 実はこの事件は徳川正史ともいえる「徳川実記」に「駿府城内の庭に手足に指無き者が襤褸(ぼろ)を纏(まと)い、髪乱れ、佇んでいた」と記録されており、実はこじきの仕業だったというオチがつくそうだ。しかし…。
 「果たして幕府の実権を握る大御所の居住区に簡単にこじきが侵入できるでしょうか」
 また、この時期(慶長14年)の家康は徳川秀忠に幕府の実権を譲り駿府城で不老長寿の薬を作ることに没頭し始めた時期と重なり、家康の不老長寿研究といえば非常にオカルト的なことでも有名。そんな数々の状況証拠が「一宵話」の話に奇妙なリアリティーを持たせているという。
 徳川家康と宇宙人の関係はよく語られるが、確かにこの時期の遭遇というのはミステリーファンの心をくすぐるのではないだろうか? なぜならば、家康はこの後、ライバルがバタバタと死に、大阪冬の陣、夏の陣と豊臣一族を滅亡に導くのである。
 日本史に宇宙人の力が働いたのか? そんな裏日本史があるとすれば面白い。
 「UFOとの遭遇話では滝沢馬琴らが奇談・怪談をまとめた「兎園小説」に収録されている『虚舟(うつろふね)の蛮女』の方が有名です。茨城県大洗町の海岸沖に突如現れた船がUFOではないかという話ですが、目撃情報やそれを元に書かれた図がまるでUFOそのものなのです。UFOという概念がないこの時代に描かれたものだけに信憑性が高い」
 その虚舟は鉄でできており謎の文字が書かれていて箱を持った異国の女性が乗っていたという。さらに固形食物を携帯していたというから驚きだ。
 「面白いのは『一宵話』は4月4日に起きた出来事で『虚舟…』のほうは3月24日の出来事です。当時は旧暦だったので時期的にはちょうど今ごろの出来事なんですよ」
 いつもと変わらないはずの日常。しかしいつもより注意深く目を凝らすと、そこに未知との遭遇が待ち受けているかもしれない。

〈ロズウェル事件〉
1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェルにUFOが墜落し、米軍が機体と宇宙人の死体を回収したという事件。米軍はUFOではなく観測用の気球であるとしている。実際、この事件を事実とする物証は出ず、目撃証言も怪しまれているが、UFOを語る上で必ず出てくる事件である。1996年には、この異星人の死体解剖フィルムが発表され世間を騒がせたが、これも本物と証明されているわけではない。

(写真=国学者・屋代弘賢による「弘賢随筆」に描かれた「虚舟の蛮女」の絵。確かにUFOに似ているが、果たして…)

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