国立感染症研究所によると、近年「アニサキス」による食中毒が増えており、受診しない人を含めると、年間2000〜3000件は発症しているという。秋の味覚、今が旬とはいえ、“生食”には十分気を付けなければならない。
冒頭の男性は、その時のことをこう語っている。
「私は刺身が大好きなもので、週に一度は魚をスーパーで買って晩酌の友に食べているんです。イナダも以前食べた時は何でもなかったのに、腹痛や吐き気がして…。医者から『胃の中に寄生虫がいる。それが悪さをしている』と聞きショックでした。幼少の頃、お腹の中の回虫を薬で引っ張り出す話を聞きましたが、虫がいるなんて信じられない。当分の間、刺身は口にできない気がします」
国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)の元寄生虫部長の小宮義孝氏は、自著の小冊子『寄生虫の話』の中で、こう記している。
「日本には昔から『腹の虫がおさまらない』『虫の居所が悪い』などの言い方があるが、外国にはない日本独特のもの。日本は世界中で有数な“寄生虫国”である」
この小冊子は、1957年(昭和32年)に発行されたもので、それから半世紀を経た今日、全国民の感染率65%だった回虫感染率が0.0%を推移しているのは、小宮氏が提唱した「回虫ゼロ作戦」が見事に効を奏しているのだ。
日本は有効な駆虫薬の開発などによって、回虫や鉤虫(こうちゅう)などによる腸管寄生虫症のほか、住血吸虫症、マラリアといった、対策が困難で今でも熱帯諸国では流行が続いている寄生虫の制圧に成功。現在、寄生虫は過去の疾病と捉えられている。
しかし実情を見ると、前述の例のように寄生虫による食中毒の発症という現実がある。どうしてだろうか。ある感染予防学の専門家は、原因の一つに次のような説明をする。
「例えば現在、北海道全域が汚染地帯といわれてしまった“多包虫症(たほうちゅうしょう=エキノコックス)”は、かつて礼文島から入り根室地方に限定されていたものだが、宿主のキタキツネの繁殖によって全道に広がってしまった」
そして、1980年の終わりには、クリプトスポリジウム症という新たな原虫病の流行が全国各地で報告されたが、ちょうど同時期に問題になった腸管出血性大腸菌『O-157』の陰に隠れてほとんど報道されずに終わっている。
「この新たな原虫病は、いわゆる新興感染症の一つで、HIV・エイズに合併すると、重篤な下痢や脱水症などで死を招く危険な腸管感染症なのです」(同)