「電波少年」芸人 何度も死にかけた壮絶な無人島生活「自然のひじきってモンスターみたいな海藻」

お笑い 2014年08月06日 15時50分

「電波少年」芸人 何度も死にかけた壮絶な無人島生活「自然のひじきってモンスターみたいな海藻」

 90年〜2000年代初頭、大人気バラエティ番組としてお茶の間から絶大な支持を集めた「電波少年シリーズ」。93年の「進め! 電波少年」の後身番組として98年にスタートした「進ぬ! 電波少年」で、「電波少年的無人島脱出」にて壮絶なサバイバルを経験した、お笑いコンビ・元Rまにあ(ろっこつまにあ)のしゅくはじめに、知られざる番組の裏側や近況を直撃した。

 Rまにあは番組に出演する前、所属事務所が主催するライブのオーディションに全く受からなくなり、途方に暮れていたという。マネージャーに「事務所を辞める」と告げた日、最後の仕事として依頼されたのが、「電波少年」の前説だった。「前説は結構スベリ気味だったんですけど、ニヤニヤ笑っているおじさまがいて、その人が土屋プロデューサーだったんです。たぶん、土屋さんの頭の中では、コイツら苦しんだら面白いんじゃねえかなって。そこまで想像してたんじゃないかなって思うんですけど…」と同番組出演のきっかけを語り、「電波少年シリーズ」でプロデューサーを務め、「T部長」として知られている土屋敏男との出会いを明かした。

 前説の数日後、自宅からマネージャーとの打ち合わせに向かう最中、道路に駐車されてあったマイクロバスが突然開き、土屋プロデューサーから『何やってんだ、乗れや』と促されたという。乗車するや否や目隠しとヘッドフォンを付けられて情報を遮断され、何がなんだか理解できなかったという。「3日ぐらい連れ回されて。それでいきなりヘッドフォン外されて、5、6人の聞いたことのない外国の言葉が飛び交っていて。その人たちは番組側が雇った外人なんですけど、ここはあたかも外国の空港から出発するかのようにやって」と、驚きの演出を激白した。

 「電波少年的無人島脱出」の企画は、愛媛県の無人島から、自分たちで筏を作って脱出し、人が住んでいる場所まで行くというのがゴールだったが、案の定、Rまにあは自分たちがいる無人島が海外だと信じ切っていたようだ。

 最終的に壮絶なサバイバルへと発展する企画だったが、チャレンジした理由について「僕も相方も正直、テレビですからいろんなサポートがあって、実際は楽なんじゃないかなと思っていたのと、『電波少年』ってその頃人気あったので、出演できたらおいしんじゃねえかっていう、安易な感じで引き受けました」と完全に若気のノリで引き受けてしまったという。

 ただ実際は、無人島滞在期間はスタッフがおらず、「10日に1回ぐらい、テープチェンジの時だけにスタッフがやってくるだけで、特にその間も口とか利かないですよ。水を1デシリットルもくれなかったですし、もっと色々サポートがあるのかと思ってたら、全くなくて」と絶望感に襲われることになった。

 Rまにあがゴールへ到着したのは4か月後、しゅくは最終的に体重が20キロも落ちて、43キロまで減ってしまいガリガリに痩せ細ってしまったという。「食べ物がないので、よもぎの葉っぱを湯がいて食べたり、雨の日だけのごちそうのカタツムリを食べてました。焼いて食べると、ホタテみたいな味でスゴいおいしんですよ」と衝撃の食生活を明かした。

 そして、無人島でのサバイバル生活中には何度も死にかけた経験があり、水平線に浮かぶみかんを獲りに泳いでいる際にひじきが脚に絡まり、抜け出せなくなったという。「相方が、海岸にあった巨大な発泡スチロールの浮きみたいなモノを無我夢中で投げたんですよ。50メートル弱ぐらい。それが、波に乗って時間が経った時に僕の前にポンって辿り着いたんですよ。僕は、ほとんど溺れかけてるんですけど、目の前の発泡スチロールに掴むことができて、助かったんです。時間を懸けてゆっくりひじきを外せたんですけど、自然のひじきってモンスターみたいな海藻で、めっちゃ長くてモサって生えてるんですよ」と九死に一生な体験談を語った。

 他にも崖沿いで湧き水を飲んでいる際に、直径120センチ以上の巨大な岩が落下。2人は急いで逃げ、大惨事には至らなかったという。「一応、僕がカメラ撮ってて、そのシーンは撮影できてるんですけど、放送はしてなかったですね」とカミングアウト。「電波少年的無人島脱出」後に、直ぐさまスタートした「スワンの旅」では、インド〜インドネシア間を渡航している際に、何度も台風に襲われ、命がけだったという。「テレビで映っていない時の方が、大変な時は多かったですね」と明かした。

 当時、同番組ではなすびの「電波少年的懸賞生活」、朋友の「アフリカ・ヨーロッパ大陸横断ヒッチハイク」、そしてRまにあの「電波少年的無人島脱出」、「電波少年的スワンの旅パート1」が人気を博し、平均視聴率30.4%を獲得した回もある。日本に帰国後、さぞかしブレイクするかと思いきや、「旅中に放置していたヒゲとロンゲを綺麗に整えたら、営業とかイベントとか行った時に『え!? 誰!?』みたいな感じで、お客さん引いているのがわかるんですよ。だから、仕事も減ってきて…」と出演前と生活水準はほとんど変わらなかったという。さらに、旅中には当時交際していた彼女が、しゅくの自宅に男を連れ込んで、浮気していたことが発覚。「結局、別れてしまったんです。だから、あんまり潤ったていう記憶があんまりない」と散々だったようだ。

 現在は、ライブを中心に足立区のケーブルテレビに出演しており、約7年間レギュラーを務めている。「区内のお店とコラボレーションして商品をつくったりとか、本当にありがたい」と感謝。ただ、街頭のチラシ配りなどのバイトも掛け持ちしているが、「バイトじゃそんなに稼げてないですね」とポツリ。芸人としての月収についても「全然です。申し訳ないですけど、嫁さんに共働きをしてもらってるんですよ。だから、なんとかっていう感じですかね」とドンヨリ気味。ただ、気持ちを切り替えて「再ブレイクしたい」と意気込んでいた。

 「電波少年シリーズ」で大出世した芸人といえば、有吉弘行。お笑いコンビ・猿岩石が「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」に挑戦し、大きな話題となった。一時期、テレビから消えてしまい「一発屋芸人」としてレッテルを貼られていたが、ここ数年で再ブレイク。今や超売れっ子芸人へと上り詰めた。だからこそ、しゅくも有吉に続けと、熱い眼差しで再起を誓っていた。

 最後に「今、無人島生活やスワンの旅をやれって言われたらどうしますか!?」と質問すると、「いやー、無理ですね(笑)」と即答した。

【しゅくはじめ】
1976年11月5日生まれ、神奈川県出身、B型、特技はサバイバル生活。1996年に幼なじみの男性とRまにあを結成。2006年に解散し、現在はピン芸人として活動している。
【トークライブ】
8月9日(土)、17時30分開場、18時開演、会場「びすとろ もちゴリラ」、ゲスト出演:ちかまろ、東塚菜実子

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