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【不朽の名作】バブルのカネ余りが実現させた大規模合戦シーン「天と地と」

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パッケージ画像です。

 戦記モノ・歴史モノの映画作る際、大きな問題となってくるのが制作費だ。特に合戦・会戦シーンなどで、当時の時代背景に合った装備を人数分集めなければいけないので、それこそ至難の業。最近はCGなどで人数を水増しして補うことがほとんどだ。しかし、そんな数々のハードルをバブル景気時代の豊富な資金を元にして実現した映画があった。それが今回紹介する1990年に公開された『天と地と』だ。

 この映画は海音寺潮五郎著の同名小説を映像化したもので、原作では戦国武将・上杉謙信の生涯を描いている。映画では、さすがに生涯を全て収めるのは難しかったのか、謙信が長尾家の当主になってから、一般に「川中島の戦い」と呼ばれる、武田信玄と対決した「第四次川中島合戦」までとなっている。ストーリーの方は、当時から言われていることだが、原作に脚色を入れ過ぎて、はっきり言ってかなり微妙だ。今更言うべきことはないと思うので、本作が50億円もの巨額を投じて実現させた、合戦シーンに注目してみようと思う。ちなみに、この映画では合戦シーン再現のためカナダロケを敢行し、のべ6万5千人のエキストラを動員している。この人数は、映画のクライマックスシーンとなる、史実の第四次川中島合戦の両軍の動員兵力のおよそ倍にあたる。バブルの好景気が背景にあったから実現できたことで、今後こんな人数を動員する合戦シーンが作られることもないだろう。

 まずは、第一次川中島合戦のシーンに注目してもらいたい。初めて謙信が信玄の軍勢に対峙するところなのだが、丘から信玄サイドの「魚鱗の陣(ぎょりんのじん)」がはっきりと確認することができる。CGもない当時に、陣形を上から見下ろす形で見せるというのは、陣形を再現できるエキストラをそろえなくてはならないので、凄いことなのだ。「魚鱗の陣」は、その名の通り、魚のうろこのような編成が特徴で、数百人程度部隊が、それぞれ間隔をあけて密集陣を三角形型になるように敷いている。映画でもその様子がはっきりとわかるので、丘から見下ろすシーンで、陣形に詳しい人なら劇中でのセリフがなくてもわかることだろう。伝令が馬で駆けて、陣形を指示しているシーンもあり、かなり細かくやっている。このシーンについては歴史マニア・合戦マニアも納得の演出だろう。

 しかし、次のシーンあたりから早速雲行きが怪しくなってくる、謙信の軍勢が川を渡河する際、まるで昔の警察機動隊のような金属製の盾を持った鉄砲隊が登場し、戦場を駆ける。これだけならばまだいいのだが、両軍がにらみ合っている最中に、劇中では、信玄の側室という設定になっている八重率いる女武者部隊が現れる。しかも川越しに謙信の陣と対峙し口上をしたかと思ったら、次のシーンでは謙信に狙撃されてあっけなく討ち死にする。百歩譲って女武者部隊がいるとしても、やり取りが唐突すぎて困惑しかない。一応は、そのシーンの前に、謙信が隠居すると春日山城を抜け出した際に、八重に会うシーンがあるにはある。その時は八重の乗った暴れた馬を身分を隠した謙信が抑え、無礼を働いたということで、手討ちになりそうなところを謙信家臣が身代わりに切られるが、そのシーンの因縁を表現しようとしたのだろうか? その辺りは描写不足で全くわからない。でも渡河シーン自体は地鳴りのような馬の効果音などが臨場感を出し、結構いい感じだ。

 第二次、第三次川中島合戦はこの映画では明確な描写はされていなので、次は第四時川中島合戦の話となる。この合戦、史実だと武田勢は信玄の弟の信繁を始め、山本勘助、諸角虎定、初鹿野忠次など有力な家臣を一度に失った戦いと伝えられており、上杉方もかなり多数の死傷者を出している。動員した兵力は武田勢が約2万人、上杉勢が約1万3千人。この合戦の後は、織田信長の台頭で状況は変わってくるが、この当時、兵力1万を超える軍勢同士が激突して、多数の損害を出しながら戦うという状況になることは少なかったらしい。

 その戦国時代でも有名な激戦を再現するため、この邦画では他で見たこともないほどの人数のエキストラを使っている。武田勢の甲冑は赤で、上杉勢は黒でそれぞれ統一されており、両軍が対峙する場面ではかなり目を引く。この合戦は妻女山に籠もる謙信を別働隊の攻撃で、平野に誘導して包囲しようとする、信玄の策を読んで、逆に謙信が武田本陣を急襲したことで発生したと伝えられている。本作もそれに習い、しつこく濃霧の出るタイミングを謙信が地元の武将に聞き、武田本陣の飯だきの煙の多さに何か大きな動きを確信する謙信のシーンなどがある。

 濃霧の中突然現れた上杉勢に対し、信玄は魚鱗の陣から、防御に優れる「鶴翼の陣(かくよくのじん)」に変更するよう指示する。この陣形は両翼を前方に張り出し、V字の形を取る陣形で、ここでも陣形の形成をかなり詳細に描写している。この映画、他はともかく、とにかく陣形の作り方が凄い。陣形を変更する風景まで描写する映画は本作以外にないかもしれない。

 しかし、ここで問題となるのが謙信が自軍に敷いた「車懸りの陣(くるまがかりのじん)」だ。この陣形、実はどんな陣形だったのか現在でも詳細が明らかになっていない。魚鱗や鶴翼などの陣形は、中国の孫子、呉子、諸葛亮などが考案し日本に伝わった「八陣」の陣形の中に含まれるもので、陣立ての詳細はわかっている。しかし車懸りの陣は、越後で生まれた独自の陣形と言われており、大将を中心に、その周囲を各部隊が円陣を組み、車輪が回転するように入れ代わり立ち代わり各部隊が攻めては退くとも、戦場に到着するなり全体を素早く展開させて、一斉攻撃し敵に圧力をかけるものとも言われている。また、江戸時代の読み物での創作という説もある。

 この映画でも車懸りの陣をどう見せるか苦労したのだろう、上杉勢は濃霧の中をなぜか全軍でお経を唱えて現れる。とにかく凄い陣形であるということを表現したかったのだろうが、ちょっと笑ってしまう場面でもある。

 合戦は鉄砲の撃ち合いから始まり、その後、槍隊での競り合いという流れ。この辺りは他の戦国時代を扱った映像作品でもよくやる演出だが、規模が段違いだ。引きで撮った映像なのに一面が両軍で埋め尽くされる。しかし、迫力はというと、これがイマイチなのだ。NHK大河ドラマなどで真横から撮ったシーンの方が臨場感を感じるほどだ。人数が多いからといって、引きのカットを多用するのも良くないようだ。しかも、甲冑のカラーを2色に限定したせいか、よく北朝鮮でやっているマスゲームをしているように見えてしまう。

 ここから合戦の演出もかなり微妙なものになっていく。信玄が手薄になった部隊の増援として、「諏訪神軍」という史実にも原作にも一切登場しない、バカでかい太鼓を鳴らしながら進軍する部隊を派遣するのだが、これが見せ場もなく、側面から銃撃を受け、あっさり総崩れになってしまう。

 元ネタは、信玄が信濃攻めで吸収した、諏訪頼重の遺臣で構成された、「諏訪衆」だとは思うのだが、これではなんのために登場したかわからない。バカでかい太鼓はおそらく諏訪太鼓なのだろう。信玄の軍記物「甲陽軍鑑」では、信玄が命令伝達のために諏訪太鼓を使用したと伝えられているが、もちろんこんな大型でもなく、前線を無防備で進むこともない。NHK大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』でも、長篠の戦いで騎馬隊の突撃の合図として諏訪太鼓が出てくるが、このシーンは濃霧の中で響く太鼓の音が、段々と馬の蹄の音にかき消される演出になっており、かなり緊迫感がある。

 さらに、第一次川中島合戦にも登場した女武者部隊も合戦の最中に突然現れる。もちろん原作にこんなシーンはない。しかもこれがまた、なんの見せ場もなしに全員討ち死にしてしまう。主君である八重を謙信が撃ち殺したので、謙信に何か一矢報いる演出かと思ったがそうでもなかった。こんな部隊を出すのなら、信玄が良く使ったと言われてる、投石部隊でも出して欲しかった。

 そしてこの困惑の合戦劇の極めつけが、謙信が手勢の旗本衆と信玄の本陣に奇襲をかける場面だ。まるでモーセの十戒の様に、武田勢の軍勢が2つに割れていく。せめて蹴散らすくらいはしてくれ。しかも、本陣に肝心の信玄がいないという肩透かしまで視聴者は喰らうことになる。

 史実かどうかはともかく、この合戦のメインイベントは、本陣での謙信と信玄の一騎打ちにあると言ってもいい。言い伝えでは、本陣を単騎急襲した謙信の太刀を床几に座したままの信玄が手に持っていた軍配で3度受けたとされている。これはもう、黄門様の印籠や、遠山の金さんの桜吹雪のように“お約束”で入れなければいけないシーンではないだろうか。斬新な演出で驚かせたかったのはわかるが、そのかわりの一騎打ちが河原での馬上チャンバラ合戦ではなんとも締まりが悪い。しかも、ここで信玄は謙信の太刀を受け切れず落馬しており、見方によっては合戦の結果を知らない人だと、信玄が討ち取られたようにも誤認されかねない。

 この一騎打ちの後は、謙信がそのまま、またモーセ状態で帰還して終了する。人数を使っただけあり、合戦の迫力は所々あるのだが、全体で考えると残念な部分が多い。監督を担当したのは、角川春樹氏である。ご存知の通り、彼は専業の映画監督ではない。これだけ豊富な資金をつぎ込むことが可能ならば、別の監督が担当すれば、もっと凄い合戦シーンになっていたのかもしれないと考えてしまう。

 しかし、十数年間置いてもう一度観賞してみると、当時の印象よりは大分ましに見える。それは、他の戦国時代を扱った作品で微妙なものが増えたからかもしれない。この作品を未観賞の人に勧めるときは多分、「他の人の評価を気にせず見てみな、思ったよりはひどくないから」と言うことにしたい。どの作品とは言わないが、最近は、「他の人の評価を気にせず見てみな、思った以上にひどいから」と言わなければいけない作品が多すぎる気がするので…。

(斎藤雅道=毎週金曜日に掲載)

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