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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第146回 TPP大筋合意

 10月5日、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉に参加する日米を含む12カ国は、アメリカのアトランタで開催された閣僚会合で大筋合意に達した。
 一方、農協改革が国会で議論されていたころ、新聞で報じられるのは「全中(全国農業協同組合中央会)の社団法人化」ばかりで、肝心要の「全農(全国農業協同組合連合会)の株式会社化を可能に」「准組合員制度の見直し」「農地法改正」「農業委員会法改正」など、農協改革の“本質”は一切、報じられなかった。全農の株式会社化についてはネットメディアではわずかに出ていたが、農地法と農業委員会法については報道ゼロだった。
 農協改革で(推進派にとって)重要なのは、全中ではなく全農や准組合員制度、農地法、農業委員会法なのだ。ところが、国会の審議中ですらマスコミが報道しなかったため、国民の多くは知らないままだろう(だからこそ、筆者は『亡国の農協改革 日本の食料安保の解体を許すな』を書いた)。
 今回のTPP大筋合意を受け、いよいよその「中身」がオープンになるだろうか。そうはならないだろう。

 TPP交渉のポイントは「秘密交渉」だった点である。日本国民は今も、TPPの中身について知らないままだ。「三橋は中身も知らないのに、反対していたのか」と言われそうだが、中身がよく分からないからこそ、反対していたのだ。保険契約や金融商品の購入に際し、中身が分からないまま「買う!」「加入する!」などと言う人がいるだろうか。中身が分からないなら、「中身がきちんと分からないから、やめておくよ」が普通の対応だと思うわけだが。
 というよりも、なぜTPP交渉が「秘密交渉」なのか、理由を考えてみれば誰でも分かるはずだ。国民に知られたくないからこそ秘密交渉だったのである。そうでないというならば、オープンに議論すれば済む話だ。
 今後、TPPの中身は「肝心要の部分」は伏せられたまま、批准手続きが進むことになるだろう。特に、ISDやラチェットなど、「構造改革を後戻りさせない仕掛け」については、国会で議論はされるだろうが、マスコミは報じないと予想する。しかも、中身が国民に知られ、世論が「TPP批准反対」に流れたとしても、「すでに12カ国で大筋合意したTPPを、今さら『批准しない』など、許されるはずがない」というレトリックがマスコミで繰り返され、最終的に国会議員たちも「反対ではあるが、仕方ないのでとりあえず批准」という結果になるだろう。農協改革は、実際にそうだった。

 ちなみに、筆者はTPP大筋合意後に複数の経済学者、国会議員と会う機会があり、TPPについて意見を求めたのだが、全員がそろって、「中身が分からないので、論評しようがない」という主旨で返してきたのが印象的だった。
 いまだに、国会議員ですら「中身が分からない」のがTPPなのだ。
 しかもTPPが問題なのは、今後の日本の国会で議論が進むにつれ「TPPに加盟しても構わないが、これとこれだけは例外。絶対に譲れない」が通らないことだ。あくまで12カ国の合意事項に沿い、「オールオアナッシング」でTPPを批准するか否かを決めなければならないのである。あまりにも乱暴というものだ。

 ところで、今後の日本ではTPPについて内容全般は報道せず、「TPPで(例えば)農産物の価格が下がり、消費者が恩恵を受ける」などと「消費者利益」を強調する記事やニュース、特集等ばかりが流されていくことになるだろう。
 とはいえ、今の日本では「誰か(消費者)が利益を得た」とき、必ず反対側で「損をした」人が生まれる。TPPで日本がアメリカからコメを輸入すると、
(1)アメリカのコメ農家が所得を得て、得をする
(2)日本の消費者がコメを安く買えて、得をする
(3)日本のコメ農家が所得を失い、損をする
 上記は“絶対に”そうなるのだ。理由は、現在の日本では別にコメの需要が増えているわけでも何でもないためだ。
 別に、善悪の話をしているのではなく、統計的に(1)+(2)=(3)になるという話にすぎない。

 とはいえ、穀物自給率が30%を下回っているわが国が、これ以上、穀物の生産能力を失うわけにはいかない。日本の農家には何としても生産を継続し、日本の食料安全保障を維持してもらう必要がある。
 林芳正前農水相は9月6日の閣議後の会見で、TPP大筋合意により米豪からコメを無関税で輸入する特別枠を設けることに伴い、輸入分に相当する国産米を政府が備蓄米として買い上げる方針を明らかにした。珍しく、政府が食料安全保障を重視する姿勢を見せているわけだが、「TPPでアメリカやオーストラリアからのコメの輸入を拡大する」と「日本の食料安全保障を維持する」を両立させようとすると、「税金から農家に所得を移転する」という政策をとらざるを得ないのだ。
 筆者はTPPには反対しているが、参加するならば農家に対する所得補償や買い取り保証、あるいは輸出補助金が必須だ。何しろ、アメリカは輸出補助金が巨額になっており、何と農業のGDPの65%(日本は27%)に達している。また、欧州の農家の所得の9割超は税金から支払われているのである(日本は15.6%)。

 もっとも、わが国で農家への助成を手厚くしようとすると、「農家をこれ以上、保護するのか!」的なルサンチマンに染まった国民が騒ぎ立て、財務省がこれ幸いと予算拡大を拒否するかも知れない。すると、日本の食料安全保障は凋落の一途をたどることになる。
 そうなれば、わが国の国民は食料について「自衛」を迫られてしまう。最終的には、農産物輸入が滞った際に「富裕層は生き延び、貧困層は飢えて死ぬ」社会になるわけだ。
 何とも心温まる、素晴らしい新世界だと思うのだが、いかがだろうか?

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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