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『チベットのラッパ犬』シーナ・ワールド全開のSF

 本書(椎名誠『チベットのラッパ犬』文藝春秋社、8月30日発行)は、大規模な戦争で荒廃したアジアを舞台とした近未来SFである。バイオ技術やサイボーグ技術が発展し、遺伝子改変や人体の機械への置き換え、別の生物への脳の移植が行われている。しかも、それらが兵器として軍事利用されている。技術が発達したが、倫理は置き去りにされた世界である。

 主人公・洪恭順もサイボーグ化された人間(本書の表現ではハイブリッド)で、農作物の買い付け人を装ってアジアの辺境に潜入する。目的は禁制品・人工眼球を作るために必要な胚の入手である。首尾よく胚を入手したものの、その瞬間にラッパ犬に奪われてしまう。そこから主人公のラッパ犬追跡が始まる。

 著者の作品は「シーナ・ワールド」と呼ばれる独特の世界観が特徴である。本書も異形の生物や機械が登場し、未知と猥雑さに溢れた不思議な世界が展開する。ストーリーに関係しない、風景描写に登場するだけの動植物にも著者のユニークな想像力が示されている。これによって誰も見たことがないものの、リアリティに溢れる世界を形成している。

 本書は2007年から2008年まで文芸雑誌『文學界』に掲載されていた作品だが、2010年の日本人には一層リアリティがある。本書では背景は詳しく説明されていないが、世界戦争は中国が米国に仕掛けたものとされる。そしてこの物語でも、中国は軍事力と科学技術力を優位に保っている設定である。この点は尖閣問題に揺れる現代日本人には強いインパクトがある。

 本書の世界は科学技術は現代より発達しているが、住民の生活や文化レベルは高くない。グローバリゼーションに洗われつつある現代アジアの町や村と変わらない。その点で本書は、現代から遠く離れていない近未来SFである。現代人がアジアの田舎町を旅行した時に感じるものと同じ懐かしささえ感じられる。

(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者 林田力)

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