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ミステリー紀行「創られた悪女〜高橋お伝の伝説〜」

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 谷中霊園は、“谷中・根津・千駄木”エリア、通称谷根千の散歩コースにも含まれている。自然の多い広大な墓地で、メインストリートの桜並木はお花見スポットとしても有名である。

 高橋お伝(1850〜1879)斬首刑となった最後の日本人女性として知られ、明治初期の伝説の悪女といわれる。だが、それは創られた虚像であるというのはお伝の名誉にかけて言わねばならないだろう。
 お伝は、複雑な事情で誕生後すぐに養子に出されている。14歳の時に婿を迎えるも離婚。その後、高橋浪之助という男性と結婚。浪之助は二枚目でお伝もかなりの美人だった。二人はたいそう仲も良く、美男美女で誰もが羨む理想の夫婦であった。
 だが、そんな二人に悲劇が襲う。浪之助が癩病を患ってしまったのだった。現在は適正な治療により治す事のできる病であるが、医学的知識の乏しい当時は死病と恐れられていた。きっと差別も酷かったであろう。お伝は夫を毒殺したなどと書かれているがそんなことはなく、献身的に介護をしていた。夫の高額な治療費を稼ぐために、仕方なくわが身を売らなければならなかったのだ。だが、その甲斐もなく夫も亡くなってしまう。
 やがて、小川市太郎という男と恋仲になるものの、市太郎は遊び人で働かない。やがて、借金は重み古物商の後藤吉蔵に言い寄られ枕を交わすことになる。しかし、借金を断られてしまったためお伝は後藤吉蔵を殺害したとされている。
 その後、強盗殺人容疑で逮捕。1879年市ヶ谷監獄にて、29才で斬首された。
 実は、谷中の墓にお伝の遺骨は納められておらず、南千住にある小塚原回向院に眠っている。谷中の墓のほうは、『高橋阿伝夜刄譚』(たかはしおでんやしゃものがたり)で、お伝を毒婦に仕立てさんざん儲けた戯作者:仮名垣魯文が、気がとがめたか祟りを恐れたのか建てたものだったのだ。

 この高橋お伝については、明治政府が民衆に貞節を根付かせるため、お伝を悪女に仕立て上げて道徳教育用に話を使ったとされている。日本で儒教的な価値観が一般化したのは明治維新後。いわゆる「家」制度である。一番偉いのは父であり長男。つまり「家」を存続させることが最優先されたため、女性は家や男の統治下に置かれ付属物あつかいされていた。下の者は上の者に絶対に従わねばならぬという、人間に身分の上下をつけることによって、支配者が民衆を支配しやすいように洗脳したのだろう。

 女性差別が激しい時代、貧困の中、愛する人を守るために厳しい世の中をたくましく生き抜いたお伝。その実像は、悪女などではなく、もっと清らかで純粋な女性なのではないだろうか。

(呪淋陀)

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