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東日本大震災の裏で起きた女子高生の怪死、彼氏が首を吊った理由とは【未解決事件ファイル】

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画像はイメージです

 2011年2月19日、福島県南相馬市に住む当時18歳の女子高生Aさんが突如姿を消した。東日本大震災が発生するおよそ1か月前のことだ。そして、震災から1か月後の4月18日、Aさんは変わり果てた姿で発見される。一体、彼女の身に何が起きたのだろうか。

 彼女の姿が最後に確認されたのは、2月19日の午後6時頃。家族に「男友達に会いに行く」と言い残し家を出た後、行方が分からなくなっていた。

 2月21日には心配したAさんの家族が地元警察に捜索願を提出し、県内全域で警察による捜索が開始された。すると数日後、Aさんの携帯電話から家族や同級生にメールが送られてくる。内容は「心配しないで」「今から帰る」といったものだった。警察は携帯電話のGPSを頼りに所在確認を進めたが、その後Aさんの携帯電話は電源が切られた状態だったため、特定することは出来なかったという。

 一方で警察は、2月19日夜にAさんと会っていた南相馬市に住む当時20代の男性Bを特定した。当時AさんはBと交際していたという。

 警察による事情聴取でBは「Aさんとは夜に別れた」と話し、事件への関与を否定。しかし、事情聴取から数日後の2月25日、Bは自宅近くの山林で首を吊って自殺した。2月23日には山林近くにある海岸でBのワゴン車が全焼していたという。

 Bはなぜ自殺したのだろうか。ワゴン車が燃えた理由も分かっていない。

 3月3日からは警察による公開捜査が開始されたが、不運はさらに続く。8日後の3月11日に東日本大震災が発生。捜査は難航を極めた。

 その後、Aさんの遺体が見つかったのは、震災から一か月経過した4月18日のこと。地元県警などによる震災行方不明者の捜索活動中に、南相馬市にある沼地のガレキの下からAさんの遺体は発見された。

 しかし、遺体の損傷が激しく発見当初は身元不明の遺体として扱われてしまう。他の災害犠牲者同様に、警察による検視とDNA採取が行われた後、南相馬市に引き渡され火葬された。

 DNA検査により遺体がAさんだと判明したのは火葬から6日後。その時には既に遺体は火葬されてしまっていたため、結局死因は特定されていないそうだ。警察は「遺体には事件性を疑わせる痕跡がなかったため、司法解剖はしなかった」と説明。その後も警察は交友関係を中心に捜査を進めているという。

 失踪当日にAさんと会っていた彼氏の自殺に後日Aさんの携帯電話から送られたメール。2つの大きな謎を残したまま、事件は2019年10月現在も未解決のままである。

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