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プロレス解体新書 ROUND8 〈北尾光司“笑撃”デビュー〉 話題性のみを求めたが故の結末

 現役横綱からのプロレス転向となった北尾光司。大相撲時代には小錦をひねり潰すほどのパワーを誇り、まだ20代と若いこともあって将来を嘱望する声も多かった。しかし、その船出はプロレス史に残る惨憺たるものだった。

 1990年2月、『笑っていいとも』にゲスト出演した長与千種は、とあるポーズを何度も繰り返した。左の手のひらを前方やや上に突き出し、拳をつくった右腕はガッツポーズのように折り曲げる。
 司会のタモリはまったくピンときていないようだったが、プロレスファンなら一目でそれと分かった。前日にプロレスデビューを果たした北尾光司を真似たのだ、と。
 「もちろん、北尾をリスペクトしてのものではない。終始、半笑いだった長与の様子から、北尾を小馬鹿にしていたのは明らかです」(プロレスライター)

 この頃、多くのプロレスファンの女子プロレスに対する認識は、闘いではなく芸能に近かった。
 「これは業界内でも同様で、プロレス専門誌が女子プロを扱うことに、拒否反応を示すファンや関係者も多かった」(同)

 そんな女子プロレスラーの長与が、鳴り物入りで新日本プロレスのマット、しかも東京ドーム大会でデビューを果たした北尾を揶揄すれば、反感を買いそうなものだが現実は違った。
 「むしろ『長与、よくやった』との声が大きかった。これはファンに限らず関係者も同じで、それほどまでに北尾は嫌われていたのです」(同)

 大相撲の横綱だった双羽黒が所属する立浪部屋を脱走し、廃業となったのは'87年のこと。以後は本名の北尾光司として、スポーツ冒険家の肩書で活動を試みるもパッとしなかった。
 〈師匠のおかみさんに暴行を加えた〉などと報道されたことで、北尾の評判は最悪。実際は部屋側にも問題があったようだが、横綱在位中でありながら「相撲界に未練はない」と言い放った北尾が、問題児であったことに違いはない。
 また、廃業後すぐにプロレス入りが取り沙汰された際、『そんな安易な考えはない』と斬って捨てたことも、プロレスファンから不評をかこつ一因となった。

 さて、北尾のデビュー戦は『'90スーパーファイトin闘強導夢』で行われた。全日本プロレス勢の参戦により大きな注目を集めたこの大会で、ビッグバン・ベイダーとスタン・ハンセンによるド迫力の外国人頂上決戦が繰り広げられた後、北尾はセミファイナルのリングに上がった。
 なお、この大会のメーンイベントは橋本真也の「時は来た! それだけだ」と、アントニオ猪木の「出る前に負けることを考えるバカがいるかよ」の名言で知られる、猪木&坂口征二vs橋本&蝶野正洋の世代闘争タッグマッチだった。
 新日vs全日の対抗戦よりも後に、北尾の試合が組まれたのは、放映権の都合で全日勢の試合がテレビ中継できないという事情があってのこと。世間一般にとって、元横綱のプロレスデビューは話題性抜群であったが、プロレスファンからすれば話は別だった。新日vs全日の歴史的邂逅と比べれば、いかに元横綱であろうともかすんでしまう。北尾が真剣に取り組む姿勢を見せたなら、それでも支持は得られたのだろうが…。

 デーモン小暮作『超闘王のテーマ』にのせて、カクテルライトの飛び交う中を悠然と登場した北尾は、金メッシュの角刈り頭にサングラス。鋲だらけの革ジャンを脱ぎ捨てると、下には黄色いタンクトップを着込んでいた。
 そうして、これを怪力一番に引き裂く、当時のハルク・ホーガンそのままのパフォーマンスを見せた。だが、よく言えばナチュラルな、言い換えれば締まりのないその肉体では、ビルドアップされた“超人”ホーガンと似ても似つかず、早くも観客席のあちこちから失笑が起こった。

 いざ試合が始まっても、一つ攻撃を加えるたびに長与が真似た例のポーズを差し挟むから、どうにもこうにも間が悪い。
 対するクラッシャー・バンバン・ビガロは、頭部にまでタトゥーを施した怪異な容貌とは裏腹に“ホウキが相手でもプロレスができる”と評される試合巧者。新日ではサルマン・ハシミコフやトニー・ホーム、WWFでも元NFLスーパースターのローレンス・テイラーら、いわゆる“プロレス初心者”のデビュー戦で相手を務めている。
 「それらの試合と比べてもこの試合の出来は悪く、それほどまでに北尾のプロレス勘が鈍かったということでしょう」(プロレス記者)
 フィニッシュもやはりホーガンを真似たギロチンドロップであったが、これも最初に走る方向を間違える始末では、観客から嘲笑が起こっても仕方あるまい。

 しかし、北尾ばかりを責めるわけにもいかない。
 「北尾は、プロレス転向にあたって新日に入団したわけではなく、契約上はフリーランスとしての参戦だった。つまり、のちのハッスルに参戦したインリンやレイザーラモンHGのようなもので、現場監督の長州力が新日の稽古に参加しないことで非難したのも、北尾からすれば筋違いの話。結局、両者が決裂となったのも仕方がない。問題はそんな契約をした新日側にもあったのでは…」(同)

 北尾と新日、両者ともに話題性だけを求めたが故の、不幸な結末と言えようか。

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