もっとも大きな変化は、ついにマクロ経済スライドが発動されたということだ。マクロ経済スライドというのは、'04年の年金制度改正で導入された制度で、年金財政の崩壊を防ぐために年金の給付水準を少しずつ下げていく仕組みだ。
もう少し詳しく言うと、年金受給者の平均寿命が延びることによる給付増と年金保険料を納める現役世代の数が減ることによる収入減に関しては、年金給付の水準を引き下げることで対応するという制度だ。具体的には、毎年0.9%程度ずつ年金給付を削減し続ける計画だ。
ところが、このマクロ経済スライドは、導入されてから昨年までの10年間、一度も発動されたことがなかった。それはデフレが続いてきたからだ。物価が下がった時は、物価にスライドして年金給付が下がる。そこにマクロ経済スライドによる引き下げを加えたら、年金生活者がダブルパンチになってしまう。それを防ぐため、デフレ時にはマクロ経済スライドを発動しないルールになっているのだ。しかし、昨年の物価上昇率がプラスになったため発動されることになったのだ。
厚生労働省の発表によると、昨年の物価上昇率は、前年比2.3%、ここから特例水準解消に伴う減額が▲0.5%、マクロ経済スライドによる減額が▲0.9%あるので、全体としては0.9%の改善という発表になっている。
特例水準解消に伴う減額というのは、デフレ期に本来物価スライドで年金をカットしなければならなかったのに、政治的な配慮からカットしなかった分を実施に移すもので、一昨年からの3年間に分けて行っている。これは予定通りだが、問題は、物価スライドの基準となる物価上昇率だ。
昨年の消費者物価上昇率は2.7%で、厚生労働省の使っている2.3%と一致しない。実は、厚生労働省は、今回の物価スライドでは消費者物価上昇率の代わりに、過去3年間のサラリーマンの手取り収入の増加率を用いているのだ。
もし素直に物価上昇率を採用すると、もっと年金給付を増やさなければならない。そこで、物価よりも伸び率の低い手取り給与を採用したのだろう。これは一体、何を意味するのか。
平時であれば、物価上昇率と賃金上昇率は、ほぼ等しいか賃金上昇率のほうが高くなる。しかし、消費税増税が行われると賃金上昇率を物価上昇率が上回る。だから、今回の措置は今後、消費税が引き上げられても、それに合わせた年金改善はしませんよという厚生労働省の宣言なのだ。
厚生年金の場合、現在の年金給付の水準は現役世代の手取り収入の62.7%だ。厚生労働省は、これを50%程度まで引き下げる方針だ。しかも、今後はデフレでもマクロ経済スライドを発動できるよう法改正を行うという。つまり、年金の2割カットに向けてまっしぐらに進んでいくのだ。これが消費税引き上げで拡充するとされていた社会保障の正体だ。国民は生活水準を切り下げるしかない。