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天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 三木武夫・睦子夫人(中)

 「森家のことを、『モーニングを着て、下駄をはいている』と評した人がいたが、言い得て妙だと思いますよ。皆さん、『名門だ、名門だ』とおっしゃるが、2代さかのぼれば千葉県の漁師です。高貴な生まれではないし、ツンと気取った暮らしもしていません。そうした中で、9人きょうだい中、2女として6番目に生まれた睦子だけが豪放さと緻密さ・熱血ぶりと冷徹といった両端の性格を合わせ持っていましたね」
 すでに故人になっているが、睦子の実弟の森美秀・元環境庁長官は、生前、筆者にそう語ってくれたことがある。しかし、「2代前には千葉県の漁師」だったとはいえ、その後、睦子の父にあたる森矗昶が1代で事業家として財を築き、戦前には「森コンツェルン」総帥として経済界に重きを成している。代議士も務めているぐらいである。

 また、先の美秀はじめその実兄、叔父も代議士で、美秀の子息・英介もまた現在、自民党ベテラン代議士といった“政治家一家”であった。また、佐藤栄作元首相や美智子皇后をおくり出した正田家とも縁戚関係にあり、天皇家ともつながることから、睦子が名門中の名門の娘であったことは疑いのないところである。
 「睦子は言わば、森家の“箱入り娘”だったが、ワンマンだった父の矗昶はいささか気丈なこの娘を重宝がり、昼夜を問わずそばにおいて秘書まがいにこき使った。このときの経験が、後日、繁雑を極める政治家三木武夫の妻として大いに役立つことになった」(森美秀元代議士の後援会幹部)

 三木と睦子の結婚は昭和15年(1940年)、三木33歳、睦子22歳であった。その3年前、三木は徳島県から衆院選に初出馬、初当選を果たしていた。それには、こんな証言が残っている。
 「当時の選挙区は現職が老人ばかりで、公示前2日で30歳の被選挙権を得たばかりの三木は『多少、理屈っぽいが演説はナカナカいいぞ』で、組織票がまったくなしのホーマツ候補にも拘らず尻上がりに人気上昇。からくも当選を果たしたのです。“三木演説”は、当時から『既成政党の浄化』『公党の面目一新』『悪弊の打破』といったもので、もっぱら政治の腐敗、堕落を突いたものだった。少なくとも、以後の三木の政治姿勢とは一貫していた」(三木後援会の古老)

 結婚は、当時、睦子の叔父の代議士が少壮代議士だった三木と気が合い、よく赤坂や神楽坂あたりの花柳界で2人して飲んでは、夜遅く睦子の家に立ち寄ることがあったことに始まる。こんなとき、睦子はよく台所に立っては茶漬けなどをつくってやっていたが、こうした中でなんとなく2人は憎からず思う仲になっていったということだった。
 名門・森家の令嬢の嫁入りは、さすがに豪勢であった。お手伝いさんが1人付き、嫁入り道具はすべて森家の“下がり藤に鷹の羽”の家紋付きというものだったことで想像がつく。
 しかし、こうしてスタートした新婚生活は、なんとも惨たんたるものであった。伊東の川奈温泉への新婚旅行にしてからが、東京駅を発ったときは2人っきりだったものが、甘い夢を結ぶはずの旅館には三木の選挙区の陳情団が待ち構えており、帰るときもこの陳情団と一緒であった。また、戦後間もなくでも、選挙区から夫妻を頼ってくる者を「いいわ、いいわ」で次々に家に置いてしまったものだから、居候がじつに20人を超えてしまったこともあったのだった。

 加えて、新妻にとっては新郎のカネの使いっぷりに、ヘトヘトになることもあった。元三木派担当記者の証言である。
 「なにしろ三木という男、一人っ子で大事にされてきたから、カネの苦労などは一切知らないで来ている。合わせて、性格的にもおっとりしているところがあるから、どんなピンチだろうが平然としている。徳島の選挙区に帰っても、半月も歩けばかなりの出費となるが、三木はそんなことにはいつも知らん顔です。ために、三木の通ったあとを、三木の親が全部たどって支払って歩いていたそうです。こんなことだから、森家の令嬢ながら、睦子夫人は質屋がよいも度々だったと言います」

 しかし、一方で睦子の「猛妻」ぶりは光っていた。太平洋戦争の敗戦を受け、三木がその責任を取りたいとして議員辞職に悩んでいたときであった。前出の元三木派担当記者が続けたものである。
 「議員辞職に、睦子夫人は大反対した。『アメリカの占領下になった日本で、あなたみたいにアメリカを知っている政治家がいなくなったらどうなるんです。無責任です。あなた、おとどまりなさい』と、ピシャリだったのです。結局、三木はこの一言で辞職を思いとどまったのだが、仮に夫人の一言がなかったら、以後の政治家・三木はあの時点で消えていた」

 睦子の“凄腕”は、こんなものにとどまらなかった。

=敬称略=(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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