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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第230回 交通インフラと防災安全保障

 7月1日、筆者は山口県長門市にて、山陰道建設促進総決起大会後の特別講演の講師を引き受けた。長門市は安倍晋三首相の地元である(長門市には安倍家の墓がある)。
 山口県の長門市と下関市間には、高速道路が走っていない。長門市から下関市に向かうには、一般道(国道316号線)で南下し、中国自動車道に乗り入れる必要がある。
 長門市から直接、下関市に向かう山陰自動車道は、長門-豊田間は工事が始まっている(平成31年開通予定)が、その先(豊田-下関間)は未定だ。というわけで、長門-下関間の高速道路早期開通を求め、山陰道建設促進総決起大会が開かれたわけである。

 山口県の東、島根県の交通インフラの整備も、相当にお寒い状況だ。7月4日から5日にかけ、島根県に大雨が降った。気象庁は5日の朝、島根県西部の浜田市、益田市、邑南町、津和野町に大雨の特別警報を出した。特別警報とは、通常の警報の発表基準をはるかに超える大雨や大津波等が予想され、重大な災害の起こる恐れが著しく高まっている場合に出される警報になる。
 鳥取県鳥取市から西に伸びる山陰自動車道は、現在は出雲市までしか届いていない。浜田市や益田市の辺りは「整備中」の状況なのである。しかも、山口県の萩市から島根県西部の須子にかけた路線は、完全に手つかずのままだ。
 広島から北上する広島浜田線は、浜田市まで届いている。とはいえ、山陰自動車道に入ると、わずかな距離しか開通していない。大雨で国道9号線が通行不能になった場合、島根県西部は完全に孤立することになる。バックアップのルートが全く存在しないのだ。

 日本にとって、交通インフラの整備は「防災」の意味を持つ。2011年3月11日の東日本大震災の際、震災の6日前に開通したばかりの高速道路「釜石山田道路」が、被災した多くの住民の命を救った。海岸沿いの道路が通行不能になったにもかかわらず、釜石山田道路が開通していたことで、釜石北部の住民たちが徒歩で市内に避難することができたのである。
 現地の被災者を救った釜石山田道路は、現在は「命の道」と呼ばれている。釜石山田道路のB/C(費用効果分析)は、実に1.01であった。日本では、B/Cが1を割り込む道路は、基本的には建設されない。
 釜石山田道路は、まさにギリギリのB/Cで建設されたわけだが、震災時に「住民の生命を救う」ことは「B(便益)」の中に含まれていない。日本の公共事業におけるB/Cは、人口が少ない地域に公共事業を実施しにくい指標になっているのだ。

 B/Cとは、道路などの公共インフラを整備する際に、社会・経済的な側面から事業の妥当性を評価するために、費用(Cost)と便益(Benefit)を比較する指標である。B/C自体は、世界各国で事業評価手法として用いられており、ごく標準的な手法になる。
 もっとも日本のB/Cの分析手法は明らかに特殊だ。日本の特殊なB/C分析は、まずは道路建設から適用が始まり、次第に他の公共投資へと拡大していった。
 日本のB/Cの「B(ベネフィット、便益)」は、定義が極めて小さく、道路の場合は「走行時間短縮」「走行経費減少」「交通事故減少」の三つに限定されてしまっている。例えば、道路を建設することで、「地域経済が成長する」「自然災害時のバックアップルートとなる」などは、便益として認められてこなかったのだ。
 本来、経世済民の精神に沿えば、交通量の少ない地域であっても、
 「震災発生時にバックアップルートとして、被災地に救援部隊が向かい、緊急物資が届けられる」
 という可能性があるならば、道路は建設されなければならないはずだ。

 '16年2月、国土交通省はようやく「道路事業の評価の考え方および防災機能の評価手法」をリリースしたが、いまだに「暫定案」の状況だ。しかも、財務省は「プライマリーバランス(PB)黒字化」という、ナンセンスな目標に固執している。PB黒字化目標が存続する限り、B/C分析が改善されたとしても、例えば、山陰自動車道を下関から出雲にかけ、全線整備しようとした場合、
 「他の予算を削るか、もしくは増税する」
 という話になってしまう。
 財務省のPB黒字化目標は、特にインフラ未整備の地方の国民について「災害が発生しても救わない」と宣言しているも同然なのである。
 インフラが整備されない地域からは、人口流出が止まらない。結果的に、わが国は東京一極集中がさらに進むことになってしまう。

 日本は世界屈指の自然災害大国だ。自然災害大国である以上、国民は可能な限り分散して暮らす必要がある。さらに、各地域はモノやサービスを生産する力、すなわち「経済力」を蓄積していかなければならない。いざ、どこかで大震災などの大規模自然災害が発生した際には、他の地域が保有する「経済力」で被災地を救うのだ。
 しかし、高速道路のような基幹インフラすら存在しない地域が、経済力を強化することなどできるはずがない。交通インフラが整備されていない地域に進出する企業などない。経済力の強化は、もちろん民間企業が中心になるべきだが、そのためにはまずは政府が公共投資により、交通インフラを整備しなければならないのだ。
 すなわち、山口県や島根県の山陰自動車道は、別にその地域の住民のためだけに整備されるわけではないのだ。交通インフラを整備することで、日本の各地に経済成長してもらう。非常事態に対応可能なモノやサービスの生産力、経済力を蓄積しておく。そして、いざ非常事態が発生した際には、互いに助け合うのだ。

 わが国は、全国各地がそれなりの経済力を身に付け、非常事態発生時に助け合うことなしでは、国民が生き延びられない。
 高速道路をネットワーク化することで、大規模自然災害発生時のバックアップルートを確保し、現地の住民を助ける。さらには、交通インフラの整備により各地の経済力を強化し、国民の防災安全保障を確立する。
 そのためにこそ、筆者は全国を講演で回り、交通インフラの重要性を訴え続けている。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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