当時の衆院議員会館は木造2階建てで、一昔前の田舎の小学校といったおもむきだった。ちなみに、昭和38年に現在のような鉄筋コンクリートの会館として建て替えられている。
天井にはゆったりと扇風機が回り、廊下は歩くとミシミシ、ギーギーと音を立てた。議員個々の部屋には電話が1本だけ、秘書との仕切りもカーテン1枚だけといった具合だった。
その第1議員会館には、戦後日本を支えた錚々たる顔ぶれが入っていた。吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、益谷秀次、林譲治、黒金泰美らである。田中も大平も、そうした中でもまれた。
部屋がすぐ隣だった田中と大平は、最初からウマが合った。年齢は大平が上だが、当選回数は田中のほうが上で、大平は夜、田中の部屋にまだ明かりがついていると、夏場ならランニングシャツにステテコ姿で、「角さんは?」「兄貴いるかい」などと言っては、部屋に入っていくのだった。
すでに田中は、前年の昭和26年までに建築士法、改正河川法、住宅金融公庫法、公営住宅法など、戦後日本の復興に資する議員立法を成立させており、この27年には同様の議員立法として、道路法の改正もしていた。
議員立法とは、官僚が法律のドラフト(草案)をつくってくれる内閣法と異なり、議員自らがドラフトを書き、国会答弁から与野党、各省庁への根回しまですべて一人でやらなければならず、相当の政治的能力と個人の力量を要求されるものである。
田中がすべての政治生活の中で、自ら提案してつくった議員立法はじつに33本、他議員と共同のそれを含めれば100本を超えており、改めて田中という政治家の凄さが分かる。何十年と議員生活をしていても、1本の議員立法さえつくらずに引退する者が山のようにいる。それが、今日でも現実と言っていいのである。
さて、それから10年後、こうして互いの友情を高め合った2人が、政治家として大きく花開く日を迎えたのは、第2次池田(勇人)改造内閣であった。
池田は大蔵省の部下時代から、大平をかわいがっていた。大平がそばにいると、どういうものか安心するのである。そういう意味では、大平は生まれ持った人を寄せつける雰囲気があったために、池田は大平を蔵相秘書官に就け、安心できる同志として政界入りを促したということであった。
そんなこともあり、改造内閣の人選を任されたのは、いよいよ池田の信頼が厚みを増していた時だった。大平は、時に官房長官であった。
大平は組閣名簿を池田のもとに持って行ったが、ここで池田の顔色が変わった。大平は自らを外務大臣としたが、大蔵大臣に田中の名前があるのを見た池田が、難色を示したのである。
★「俺たちの内閣だ」
「あの訳の分からん男が、なぜ大蔵なのか。放言はするし、事件にも引っかかったように、なんとも危なっかしい。田中の大蔵だけはダメだ。他のポストへ回せ」
「事件」とは、田中が炭鉱国管疑獄に連座したうえで“獄中立候補”し、総選挙で勝ち上がってきた過去を指している。ましてや当時の蔵相ポストは、大物官僚上がりが座るというのが恒常化していたのに対し、東大法学部卒業でもなしの尋常高等小学校卒、しかも年齢も蔵相としては例のなかった若さである。
池田としては、内閣が持たないとの不安がつのって当然だった。大蔵省幹部からの反対も強い中、しかし、大平はこう言って池田に食い下がったのだった。
「たしかに田中の年齢は若いが、経済や財政政策への能力は相当なものがあります。もし、総理がどうしても田中蔵相ではダメとおっしゃるなら、自分は今回の入閣を見送らせていただくつもりです。なんとか、田中の蔵相だけは認めていただきたい」
かわいがっていた側近中の側近である大平にそこまで言われては、池田としてはそれをのむしかなかった。正式に閣僚名簿が発表されたあとで、田中と大平は人知れず「これは俺たちの内閣だ」とばかり、手を取り合って喜んだ。
しかし、政界は計算と嫉妬が、どす黒く渦巻くカオスである。また、中傷は世のならいでもある。田中にも親しい政治部の記者から、こんな“忠告”が入った。
「大平は、なかなかの男ですよ。角さん、あんたより人は悪いよ。裏切られるときが、きっと来ますよ」
すると、田中が返した。
「いいんだ、いいんだ。もし、そういうことがあれば、俺に人を見る目がなかったということだ。俺は大平を『盟友』だと信じている」
この「俺たちの内閣」から10年後、田中は天下取り、自民党総裁選に打って出た。大平が、これを支えた。振り返れば、これが田中と大平、盟友2人の“青春”のピークであった。
(本文中敬称略/この項つづく)
***************************************
【著者】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。