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神戸山口組 宅見組からも移籍が 分裂抗争“禁断の終結条件”

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提供:週刊実話

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除を待っていたかのように、六代目山口組(司忍組長)が活動を再開させた。神戸山口組(井上邦雄組長)の中核組織である五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)から、直系組織の最高幹部が離脱したのに続き、今度は入江禎副組長が率いる二代目宅見組(大阪中央)からも、複数の移籍者が出たという。しかも、参画した先は今回も三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)で、傘下組織も同一だったのだ。

「弘道会・野内正博若頭の野内組傘下で、昨年9月に神戸山口組の直系組織から移籍した権太会に加入したそうや。
山健組だけやなく、宅見組からも組員が引き抜かれたんは驚きやった」(ベテラン記者)

 入江副組長は山口組分裂の首謀者の一人といわれ、発足当初から執行部メンバーとして重要な役割を担ってきた。そんな宅見組で初めて直系組長の離脱が起きたのは、平成28年夏のことで、現在は六代目山口組直参である山田一・三代目杉本組組長(岡山)が独立組織となった。

「有力組織からの離脱で当時は騒然となったが、まだ引き抜きも活発やなかった頃やし、山田組長が離脱した理由も、分裂を巡る意見のすれ違いやったと聞く。せやから、起こるべくして起きたといえ、今の移籍とは意味が違うんや。今回は、権太会を介した野内組による切り崩し工作なんが明らかやで」(同)

 野内組は岐阜に本部を置くが、その勢力は切り崩しによって急激に拡大。愛知に直系組長が集中する弘道会において、“手薄”といえる関東、関西への進撃が顕著で、数だけではなく勢力範囲も広げているのだ。

「警察当局の調べでは、野内組の構成員数は100人以上で、3次団体としてはかなり多いで。この“ヤクザ不況”の時代に数を伸ばしとるんやから、よほど強力に切り崩しを推し進めとるんやろな。しかも野内組の加入者からは、坂田勝良・坂田組組長と栗山良成・二代目栗山組組長の2人が、弘道会直参に昇格しとる。実力者を引き入れとる証拠ともいえるんやないか」(同)

 しかし、今回の宅見組からの移籍について、ある関西の組織関係者はこう話す。

「やれ山健組から出た、やれ宅見組から出たと言うが、いずれも3次団体幹部が筆頭や。3次団体が丸ごと移ったのなら驚きもするが、そうではないんやから、弱体化いう話にはならんで。警察の取り締まりもシノギも厳しくなってきた今の時代、普通にしとっても辞める人間は出るわけやし」

 しかし、神戸山口組では昨年末から直系組長が相次いで離脱。組織運営に支障が出かねない状況だ。

「弘道会がその隙を突いて、再び“切り崩し”を活発化させている可能性はある。ましてや、弘道会のナンバー2である野内若頭が動いているならば、組織の将来を見据えての行動とも思える」(山口組ウオッチャー)

「組織の将来」とは、分裂問題が終結したのちのことであり、山口組も新たな時代を迎えているはずだ。

 極道業界に詳しい作家でジャーナリストの宮崎学氏は、そのとき「山口組の七代目人事」について、現実味を帯びた議論が行われると予想する。

「髙山清司若頭の収監中から、しばしば話題になっており、当時は組織犯罪処罰法といった法規制への対策としての獄中襲名説まで出ていた。司六代目は山口登二代目以来の生前継承を経験しているため、跡目が注目されるのは必然といえる。私はこれまで、短期であっても髙山若頭が七代目の座に就き、その後に大方の予想通り、竹内若頭補佐が継承すると見ていた。しかし、山口組の分裂問題が起き、状況は変わった」

★福博会会長が六代目と会談

 宮崎氏は、特定抗争指定の影響が大きいと話す。

「警戒区域外で集まっているとはいえ、身動きが取れない状況に変わりはない。分裂問題が終結しない限り特定抗争指定は解除されず、現場の組員たちは疲弊するばかりだ。ある他団体関係者からは、窒息死させられる前に2つの山口組が落としどころを見つけるべき、との意見も聞こえている」

 キーマンとして、他組織の活躍も見込まれるという。

「稲川会の内堀和也会長(東京)は、竹内若頭補佐と五分の兄弟盃を交わしている。直接的ではないにせよ、状況次第でネゴシエーターの役割を果たすことも考えられる」(同)

 さらに、宮崎氏は核心部分に話を向ける。

「抗争が終わり、特定抗争指定も解除されたのち、竹内若頭補佐が代を取り、七代目体制が発足するのではないかと、一部関係者の間でも予想されている。それも、ここ2年以内の話で。しかし、六代目体制下での弘道会中心の人事が、そもそも分裂の要因の一つであるため、今後はよりバランスに配慮した執行部人事が求められるだろう」(同)

 分裂問題の終結自体、そう遠い将来ではないとみる宮崎氏だが、最後にこう警鐘を鳴らした。

「ただし、そこに至るまでには、再び抗争状態に陥る可能性も十分にある」

 実際、今年2月には警戒区域に指定された三重県桑名市にある髙山若頭の自宅に、元山口組組員が拳銃を発砲。動機は「個人的な恨み」と供述したというが、警察官が張り付け警戒を行う中での犯行であり、“盲点”といえた。

 一方、ある山口組OBはまったく違った見解を示す。

「小競り合い程度は今後も起きるだろうが、警察の取り締まりの厳しさを見れば、昔のように力で決着を図るのは無理だ。それに、神戸山口組は総勢50人に激減したとしても存続するやろ。山健組は田岡一雄三代目時代からの象徴的な組織であり、宅見組も初代が渡辺芳則五代目時代に若頭を務めとった組織やで。他の首謀者にしても、山口組を支えた直系組織の出身者ばかりや。系譜を途絶えさせないために、どんな形であれ組織を維持していくと思うで」

 特に、山健組には新たな要因も生まれているという。

「山健組のトップ、中田組長は弘道会の神戸拠点で組員を銃撃した事件の実行犯とされとる。初公判もまだやし、勾留は長引くことになりそうやけど、山健組組員は親分が現場復帰するまで、何が何でも踏ん張るやろ。せやから、倒すのは容易やないはずや」(同)

 そうした状況で、両山口組の抗争終結への道は、次世代に持ち越すことも予想されると話す。

「警察の締め付けで事が起こせんのやったら、あとは説得や話し合いしかない。それには時間が掛かるが、あと10年もしたら、双方の運営体制かて変わってくる。そうなれば、今は禁断とされる条件もテーブルに乗るかもしれん。どちらの意も汲んだ条件がな」(同)

 しかし、現実には弘道会が切り崩しを活発化させるごとに、火種が増え続け、緊張が高まっている状況だ。そうした中でも、六代目山口組は“外交”を欠かさず、5月20日には三代目福博会(福岡)の長岡寅夫会長と最高幹部らが、司六代目、髙山若頭と顔を合わせたという。場所は愛知県内の警戒区域外で、目的は定かではなかったが、後見人である髙山若頭だけでなく司六代目も同席したとあって、重要な内容だったことは想像に難くない。

 一方で、翌21日には三代目織田組(髙野永次組長=大阪中央)の東大阪市内にある関係先に対し、使用差し止めの仮処分が決定。織田組本部は特定抗争指定の警戒区域内にあり使用禁止となったため、東大阪市内に移転したとして、暴追推進センターが大阪地裁に申し立てていたのだ。

 政府が発令した緊急事態宣言は、ようやく全面解除されたが、両山口組への特定抗争指定の解除に関しては、まだまだ先が見えない状況といえそうだ。

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