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田中角栄「怒涛の戦後史」(23)自民党元幹事長・石破茂

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提供:週刊実話

 田中角栄は陣笠議員の頃から、戦後復興のための道路、河川、住宅政策などの議員立法に腐心しており、そのため、全省庁の中でまず第一に地歩を築いたのが建設省であった。

 その頃の建設省の高級官僚に、鳥取県出身の石破二朗がいた。田中とは呼吸が合い、やがてツーカーの仲になっていった。その二朗の息子が、石破茂である。

 茂は慶應義塾大学法学部を卒業、三井銀行(当時)のサラリーマンになった。人生の伴侶も得て、順調なサラリーマン生活であった。そうした中で、父・二朗の死に直面したのだった。

 二朗は建設省を辞めたあと、生地である鳥取県の知事を15年やった。その後、田中が首相になると、乞われて田中派から参院議員になり、7年務めたあとの昭和56(1981)年9月に他界したのだった。

 田中は石破が亡くなる2週間ほど前に、石破が入院していた鳥取市内の病院を見舞った。喜んだ石破は田中の手を握りながら、こう言ったのだった。

「一つだけ、願いを聞いてほしい。いよいよのときは、あんたに葬儀委員長をやってもらいたい。最後の頼みだ」

 この時期の田中は、精神的にかなり疲弊していた。ロッキード裁判を抱える一方で、「盟友」の大平正芳首相が急死。自らの影響力温存のため、その後継に担いだ鈴木善幸内閣は、世論の評判もイマイチだった。さらに、田中派内部では竹下登が勢いを増し、領袖の座を脅かしつつあった。

 さて、石破の「最後の頼み」にうなずいた田中だったが、結局は亡くなった石破の葬儀が鳥取県民葬となったことで、葬儀委員長は立場上、当時の鳥取県知事が務めることになり、田中は友人代表として弔辞を述べるにとどめた。

 しかし、ここから田中と石破茂の運命の出会いが始まった。石破は県民葬出席の礼のため、東京・目白の田中邸を訪れた。県民葬には3500人もの弔問客が訪れ、盛大に父親を送り出すことができたという、石破の話が終わるか終わらぬうちに、田中がそばにいた秘書の早坂茂三にこう命じたのだった。

「おい、青山葬儀所をすぐ予約しろ。県民葬が3500人なら、ここに4000人を集める。石破(二朗)君との葬儀委員長の約束は、県民葬という筋から果たせなかったが、青山で『田中派葬』としてやる。ワシが葬儀委員長だ」

 時に、自民党葬の話もあったのだが、党葬になれば葬儀委員長は自民党総裁でもある鈴木善幸首相になってしまう。ために、当時の田中派は衆参両院議員合わせて100人を超えており、なんともべらぼうに、この全員を「発起人」とする前代未聞の派閥葬をやってみせたのであった。いかにも葬祭を大事にする田中らしい“やり方”だった。

 田中は葬儀委員長として、涙を浮かべながら弔辞を読んだ。石破茂は、田中の弔辞に胸が熱くなった。

「石破君。君との約束を、私はいま今日こうして果たしている…」

 後日、石破茂は改めてこの田中派葬の礼のため、再び田中のもとを訪れることになった。そこで、田中がこう言ったと、筆者は石破自身から聞いたものだ。

「『いいか。次の衆院選に出ろ。おまえが親父さんの遺志を継がなくて、誰が継ぐんだッ』と、田中先生は私の顔を正面からジッと見すえて、こう言われた。あのとき、田中先生と出会ってなかったら、私は政治の道へ入ることはなかったと思っているのです」

★門下五人目の首相なるか

 ここでは、石破は田中の言葉に“殺された”と言ってよかった。石破は父親を失い気持ちが落ち込んでいる中で、「おまえが親父さんの遺志を継がなくて、誰が継ぐんだッ」と、絶妙のタイミングで琴線を揺さぶられてしまった。

 つまり、石破は田中の絶妙な「殺し文句」によって、出馬にOKを出さざるを得なかったということであった。田中はこうした「殺し文句」で、人を虜にする達人でもあったのだ。

 昭和61年7月、石破は当時の衆院の〈鳥取全県区〉(旧中選挙区制)から父親の「弔い合戦」として出馬、初当選を飾って田中派入りをした。

 しかし、田中はその前年、脳梗塞で倒れており、石破は政治家として、直接、田中の薫陶を受けることはなかった。筆者は、「それが、心残りだった」と、石破が瞑目したのを目の当たりにした記憶がある。

 石破はその後、自民党幹事長をはじめ、地方創生、防衛、農水の各大臣を歴任、いま「ポスト安倍」として虎視眈々のところにある。

 田中角栄門下としては、その薫陶を直接受けた中から、竹下登、羽田孜、橋本龍太郎、小渕恵三の4人の首相が誕生している。その他、小沢一郎、梶山静六など、政界第一線でその実力を見せつけた門下生の数は、枚挙にいとまがない。

 田中は、比類のない人材育成の名手でもあったのである。

 石破茂が「ポスト安倍」の最有力候補となった現在、田中門下からじつに異例の5人目の首相誕生が現実味を帯びてきた。天上から、田中の「石破ガンバレ」という思いが伝わってくるようでもある。
(本文中敬称略)

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【著者】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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