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本好きのリビドー

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提供:週刊実話

 悦楽の1冊『あのころ、早稲田で』 中野翠 文春文庫 720円(本体価格)

★懐かしくも恥多き青春を振り返る

 古くは尾崎士郎の『人生劇場』、五木寛之『青春の門』、近くは村上春樹『ノルウェイの森』といった文学史上屈指の人気作品の舞台として、また、石橋湛山から野田佳彦まで東大以外では最多7人の宰相を輩出した場所として、あるいは赤塚不二夫の『天才バカボン』のパパが卒業した迷門「バカ田大学」のモデルとして、よくも悪くも日本一のメジャー私大である早稲田大学。

 ’60年代半ば以降の最も学生運動が過激さを増す頃に、“立派な左翼になりたくて”政経学部に入学した著者による当時のキャンパス・ライフ(死語か?)の回想だが、その印象は予想外にいたって牧歌的なもの。

 ただし随所にやはり全共闘世代の発想を感じさせる記述は勿論あって、例えば、’69年にテレビ版が映画化されて始まった「寅さん」シリーズを指して“『男はつらいよ』における柴又の町って、天皇制のミニチュアのようなものじゃない? 中心に御前様という「聖なるもの」がいる。父性を体現する人物がいる(しかも、それを演じているのが、あの笠智衆だ!)。

 その存在はインサイダーもアウトサイダーも隔てなく受け入れている。御前様を中心にした俗人たちの世界”…などと言われると’74年生まれの筆者など「はあ、左様ですか」と返すほかない。今見るとむしろタコ社長の印刷工場で働く「若者たち」の描写に、臭さ満点に象徴される山田洋次監督の隠れ共産党=民青系センスがだだ漏れな気がするだけだが、さていかに。

 同期生だった思想家・呉智英氏との巻末対談が楽しい。「何にも知らんのだな〜ほんとに」と著者にボヤきつつ大学の歴史を繙き、校風の正体を解き、自らの青春を笑いを混えて語る手際が、真摯かつ紳士だ。
(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】

『特別少年院物語』(大洋図書/1500円+税)は、暴走族関東連合の元リーダー・石元太一による自伝だ。

 石元は平成28年、六本木クラブ襲撃事件に加担したとして懲役15年が確定し現在服役中だが、そもそも10代の大半を鑑別所や少年院ですごしている。「まともに学校に通わなかった俺にとって、すべてを教えてくれた場所」という思いから刊行した。本州最北の青森少年院ですごした約2年の日々を回顧している。

 石元が少年院に送致されたのは、平成12年に起こしたボウリング場での殺人事件による。裁判で事件の首謀者と認定され、青森へと送られた。そこで出会った院生、教官らとの交流やトラブルを軸に、暴力と涙の青春を生々しく綴る。

 無情で世知辛く、年に一度の体育祭が楽しみだったことや、食事の献立会議で肉じゃがの味付けに注文をつけたエピソード、母との面会の様子や、少年院の見取り図まで掲載しており、内部に入ったことがない者は興味津々だ。
 また、石元は少年院で起きた暴動も首謀する。これはトラブルのあった院生の出院を阻止しようとして決行したと告白し、その経緯も明かす。剥き出しの負けん気の強さと反骨心が生々しい。

 暴力の話だけではない。親身になってくれた教官たち―いわば恩師といえる大人たちへの若さゆえの反抗も赤裸々に語り、いつか感謝を込めて講演活動をしてみたい…と。今は服役中の身でかなわぬ希望だが、凶暴のワルといわれる男の実直な内面が垣間見られる。

(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

【話題の1冊】著者インタビュー 町田康 しらふで生きる 大酒飲みの決断 幻冬舎 1,500円(本体価格)

★酒をやめて文章の質も上がったかな(笑)

――酒豪生活を30年間続けていたそうですね。なぜ、「酒をやめよう」と思い立ったのでしょうか?
町田 酒豪生活30年、というとなにかすごそうですが、そんなことはなく、ただの酒飲みでした。やめたことについて言葉にできる明確な理由はなく、ある日、なんとなく思い立ってやめました。飲みすぎて動悸がするようなことが何度かあったので、漠然とした危機感のようなものがあったのかもしれないですね。しかし、そうした身体面より、精神面の不安の方が大きかったのかもしれません。

――禁酒はちゃくちゃくと進み、ついには飲まない状態が正気になります。一番の変化はなんでしたか?
町田 急がなくなったことですね。酒を飲んでいたときは、なにをしていても「早く終わらせて酒を飲もう」という考えが常にあり、心ここに在らずという感じでした。その結果、多くの人生にとって大事なことを見すごしてきたように思います。この世には一見取るに足らぬことのように見えて、立ち止まって目を凝らし、耳をすますことによって、鮮やかに立ち上がってくるよきものがあることを、酒をやめたことによって知りました。

――酒をやめてマイナスになった部分はありますか?
町田 以前から希薄だった、食への興味・関心をまったく失したことですね。他には、かつて酒席を共にした友人に裏切り者呼ばわりされることです。
 金を遣わないので貯まってしまうことや、本を読む時間が増えたため、小説を書きたくなり、いま抱えているだけでいっぱいいっぱいなのに、また新しいことを始めそうになってしまうことがあります。

――酒をやめたことで執筆に影響はありましたか?
町田 以前より仕事がはかどるようになりましたね。この辺でやめておこうと思いつつ、新しいことが思い浮かび、そのまま書き続けるなどして、1日に書く量が増えました。
 内容がよくなったかどうか、読む人がどう思うかは分かりませんが、自分では質も上がったように感じています。気のせいかもしれませんが(笑)。

――今まで酒を飲んでいた時間は、現在、どのように活用しているのでしょうか?
町田 家事、思索、読書、詩作などです。家事は結果がすぐ出るので楽しいし、掃除をすれば綺麗になる。酒を飲んでいるときは、そうしたことをないがしろにしていたので、楽しみ、面白さを味わう余裕がありませんでした。時間は活用しなければしないほど充実するように思います。
_(聞き手/程原ケン)

町田康(まちだ・こう)
1962年大阪府生まれ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、’81年パンクバンド・INUの『メシ喰うな』でレコードデビュー。俳優としても活躍する。’96年、初の小説『くっすん大黒』を発表。2000年『きれぎれ』で芥川賞を受賞。

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