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過去を消した女たち 第2回 サオリ ★音何巻は鋭いから、同級生の母親と親しくできない

 横浜に「曙町」という、遊び好きな人にはちょっと知られた風俗街がある。

 約500メートルほどの狭く細長い通りの両側に80軒ほどのファッションヘルス店が軒を連ねていて、もともとは戦前の私娼窟だったものが、戦後になってヘルス街になったのだ。かつては、横浜の港に出入りする世界中の船乗りたちにもその名が知られていたそうで、足繁く通う芸能人も少なくないという。

 そんな曙町のヘルス店で10年ほど前に働いていたのが、今回話を聞いたサオリである。ふっくらした丸顔とパッチリした目で、表情は柔らかい。悪く言えば、男に翻弄されそうなタイプである。高知県出身のサオリは、短大進学とともに兵庫県に出たという。

「真面目に短大に行っていたし、普通の人と何も変わらない大学生活でしたよ」

 短大卒業後、兵庫県内のデパートに就職したサオリだが、そこでホストの男にナンパされ、平凡な日常がにわかに狂いはじめた。

「ホストクラブなんか行ったこともなかったけど、売り上げが必要と言われて、行くようになりました。デパートの月収が手取りで20万円ぐらいで、ホストクラブに行くには、とてもじゃないけど足りない。それで、デパートの仕事を終えた後にヘルスで働くようになったんです。それから、朝起きるのがだんだんつらくなって、デパートは結局辞めちゃった。それからは、ずっと風俗で働いたの」

 その後、神戸の風俗店で働いている時に、ホストの彼とは別れて、別の男と付き合うようになった。

「お金がいくらあっても足りないし、少しはまともな人がいいなって、サラリーマンと付き合い始めたの」

 そのサラリーマンの彼氏が神奈川県へ転勤となり、それを機に風俗から足を洗ったサオリ。その男と結婚し、子どもにも恵まれたが、人生はうまくいかない。結局、離婚してしまったのだ。

「出張が多い人で、港に女じゃないけど、あちこちに女を作っていたのが分かって。それに耐えられなくなって離婚しました」

 離婚当時、子どもは小学校1年生。元夫は養育費を払ってくれたが、それだけでは生活できず、曙町のヘルスで働き始めたのだった。

「収入は1日に4、5万円。月に25日は働いていたから、最低でも100万円は稼いでいたけど、そのお金は飲んだり、服を買ったりして、全部使っちゃったのよ」

 そんな彼女が風俗と縁を切ることができたのも、男がきっかけだった。

「娘が小学校4年生の時に、横浜のバーで1人の男と出会ったの。その人はタクシー運転手をしていた。その頃、私の生活は荒んでいて、飲み屋で知り合った男とすぐホテルに行ったり、ひどいものだった。その人は稼ぎは少なかったけれど、一緒にファミレスに行ったり、サッカーを見に行ったりして、何だか楽しくて。考えてみれば、短大を出てからホストと出会って、それから風俗の客だった男と結婚して、まともな恋愛をしたことがなかったことに気づいたの。新しい彼は、お店のお客さんでもなかったし、素の自分を見せることができたんじゃないかな」

 タクシー運転手と付き合いはじめてすぐ、サオリはヘルスを辞めた。その男と一緒に暮らし始めたからだ。

「娘もその人に懐いてくれて、生活費も入れてくれたので生活は安定しました。それで、初めてアルバイトをすることにしたの。学生時代は全部親の仕送りだったので、バイトもしたことがなくて。駅近くにある本屋さんで、時給900円。ヘルスと比べたらやってられない金額だけど、自分の中ではやっとまともな人生を歩んでいるんだなって思えた」

 ようやく“普通”を手に入れたサオリだが、娘のために、今後も風俗で働いていたということは隠し続けなければならないと言う。

「娘のことで学校に行く機会も増えたけど、スカートではなくパンツをはくようにしたり、派手な服は控えたり、化粧も地味にして。同級生の母親と顔を合わすようになって、中にはいろいろと探ってくる人もいることが分かったから。そういう人はちょっとした言葉使いとかでも気にするから、あまりくだけた話し方にならないように気を使うの。女の勘は鋭いから、同級生の母親とはあまり親しくならないようにしている」

 風俗嬢時代のように、奔放に生きることはできない。世間の目を気にしなければならないことは大きなストレスであり、過去を隠し続けなければならないのは、元風俗嬢の宿命でもある。

 そんな生活が2年ほど続いた頃、タクシー運転手だった彼がバスの運転手に合格した。

「タクシー運転手は手取りも少なくて、先はないなと思っていたみたい。生活は前よりも楽になったんだけど、会社の仲間とゴルフに行くようになったりして、私と娘にあんまり時間を割いてくれなくなった。まぁ、不満といえばそこが不満なんだけど、女遊びをするよりは全然マシかな」

 今年43歳になるサオリは、いつまでもこの生活が続くことを願っている。金銭的な満足度は風俗嬢時代と比べるべくもないが、精神的な安寧はこれまでの人生では経験することがなかったものだ。

 男に翻弄された前半生を乗り越え、平凡な日常に幸せを見出した彼女の末永い幸福を祈りたい。

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