例えば、ケニアのエリウド・キプチョゲ選手がフルマラソンで、未公認ながら人類初の2時間切り(1時間59分40秒)を達成。今年の箱根駅伝でも、新記録が相次ぐスピードレースとなった。直近では、1月19日、新谷仁美選手が米ヒューストンハーフマラソンに出場し、1時間6分38秒の日本新記録で優勝している。
「これらのランナーに共通しているのが、米ナイキ社のピンク色の厚底シューズ『ヴェイパーフライ』シリーズを履いていたということです。同シューズの性能は凄まじく、長距離走においてランナーの力量がほぼ同じなら、ナイキのヴェイパーフライでないと勝負に勝てないとまでささやかれています」(スポーツ用品店の店長)
マラソン業界では数年前まで薄型ソール(靴底)が主流だったが、なぜ、ナイキのヴェイパーフライは次々と好タイムを連発できるのか。
「同シューズは、反発力のあるカーボンファイバープレートを、航空宇宙産業で使う特殊素材のフォームで挟んでいるので『厚底』になっています。従来のソールが薄いシューズよりも反発性が高く、足へのダメージが少ないのが大きな特徴です」(同)
また、着地時に前足部がググッと屈曲して、もとの形に戻る際に自然と前に進む構造になっていて、足裏の前半部分から着地する“フォアフット走法”に適した作りになっているという。
「フォアフット走法はエネルギー消費が少ない省エネフォームです。日本人ランナーの記録更新が続く理由の一つは、シューズに合わせてランナーがフォアフット走法に変更している点も大きいでしょう」(スポーツジムトレーナー)
ランナーたちの間で性能の高さが評価され、2017年に同シューズが発売されて以降、ヴェイパーフライの使用率は急激に上がった。
「’17年の箱根駅伝では、使用シューズのメーカー割合においてトップはアシックス、ナイキは4番目でした。それが’19年の箱根駅伝ではナイキ使用率が4割に達し、’20年には8割となってトップに君臨。ほかのマラソン大会を見ても、ヴェイパーフライ一色の様相です」(同)
もはやランニングシューズの覇権を取りつつあるヴェイパーフライ。しかし、国内のスポーツ用品メーカーもただ指をくわえて見ているだけではない。
今年元旦に行われた全日本実業団対抗駅伝でトヨタ自動車の大石港与選手は、4区(22.4キロ区間)を2位でタスキを受け取り最後は旭化成をかわしトップでタスキを繋いだ。好成績に貢献した大石選手の履いていたシューズは、「アシックス」が支給した試作品『メタレーサー』だった。
「このシューズも厚底で、つま先部分がせり上がり、曲がりにくくなっている。自然とランナーの体重移動をスムーズに前に導き、エネルギーの損失を抑えています」(実業団陸上関係者)
さらに、日本の総合スポーツメーカー「ミズノ」も今年の箱根駅伝で最終10区の区間賞を取った創価大学の嶋津雄大選手に試作品を支給している。
「同シューズは足袋のような形で、今までのランニングシューズではほとんど見たことがないタイプ。ヴェイパーフライと同様に反発性は高いようですが、カーボンプレートではなく、独自開発の硬いプレートをソールに挟んでいるようです。箱根駅伝では7人の選手が着用していて、同駅伝の区間賞を獲得した選手10人のうち、9人が『ヴェイパーフライ』だった中での快挙ということもあり、ミズノは確かな手ごたえを得たようです」(ミズノ関係者)
東京五輪を目前に、ランニングシューズにおけるサバイバル戦争が起きている状態だが、一方でナイキの厚底シューズを禁止にするという動きも出始めている。
1月15日に複数の英国メディアが、ワールドアスレチックス(旧国際陸連)が新規則でナイキの厚底シューズを禁止する可能性が高いと報じたのだ。
「ワールドアスレチックスは、『使用される靴は不公平な補助、アドバンテージをもたらすものであってはならず、誰にでも比較的入手可能なものでなければならない』という規定を設けています。現在、専門家による調査が行われている最中です」(陸上ジャーナリスト)
口の悪い陸上関係者の中には、「ドーピングシューズ」と揶揄するものまで出始めている。
「ただ、ナイキのヴェイパーフライが禁止されとしても、今後はどのメーカーもランニングシューズ開発に力を入れていくでしょう」(同)
過熱するシューズ戦争は、治まる気配がない。