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プロレス解体新書 ROUND29 〈最初で最後の直接対決〉 猪木が見せた前田への気遣い

 新日本プロレス対UWFの闘いにおける世代交代の中で、ファンから待ち望まれながら最後まで実現しなかった、アントニオ猪木と前田日明のシングルマッチ。唯一、両者の直接対決は、前田が海外武者修業から凱旋した若手時代にさかのぼる。その試合で猪木は、意外な一面を見せていた。

 かつてジャイアント馬場は「あいつは対戦相手を使い物にならなくするから困る」と、アントニオ猪木に苦言を呈していたという。
 「馬場にしてみれば、全日のトップ外国人だったアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜き、短期間で使い潰した新日への不満が相当あったのでしょう」(スポーツ紙記者)

 とはいえ“育成の猪木”としての一面も見逃すことはできない。
 見栄えのするフィニッシュホールドのなかったタイガー・ジェット・シンに、ブレーンバスターを伝授したのみならず、実際の試合の中で猪木自ら練習台になったのがその一例。ほかにもスタン・ハンセンやハルク・ホーガンなど、粗削りな無名選手をメインイベンターにまで育てており、一概に馬場の言葉が正しいとは言い切れない。
 「その一方で、手の合わない相手や不要な選手については、あきれるほどに冷淡な扱いをすることがあったのも事実です」(同)

 国際プロレスなどで活躍したオックス・ベーカーは、同団体では怪奇派のトップヒールとして君臨していた。しかし、新日に参戦すると、猪木は初のシングル対決において、延髄斬りからのレッグドロップで3カウントを奪うまで、わずか3分足らずで試合を終わらせ、ベーカーに一切の見せ場を与えなかった。
 この試合はテレビ生中継で、前の試合が押して残り時間がわずかとなってしまい、その枠内に収めるための処置とされる。とはいえ、その当時は試合途中での中継終了という流れもよくあり、無理に時間内で決着をつける必要もなかった。実績のあるベーカーに対して、この扱いは、さすがに“ひどい”と言われても仕方あるまい。

 身内である所属選手に対しても、こうした猪木の差別的な扱いは見られた。
 「長州力にはシングル対決でピンフォール負けを喫した猪木ですが、藤波辰爾にはタッグでのフォール負けはあるものの、シングル戦ではフルタイム引き分けまで。両者ともに後継候補と見られていたものの、猪木の中では明確な格付けがあったことがうかがえます」(プロレスライター)

 では、やはり猪木の後継者と目されていた前田日明についてはどうだったか。UWF軍として新日に参戦してからは、猪木vs前田のシングル対決が待ち望まれながらも、結局、実現には至っていない。
 「これは、のちの猪木の引退試合で、小川直也との対決が実現しなかったことと似た意味があると考えられます。ラストマッチで有終の美を飾るためには、いかにファンの期待が大きいとはいえ小川とやるわけにはいかなかった」(同)
 つまり、“引退する自分が、将来、有望な小川に土をつけるわけにいかない”との猪木の親心により、両者の対戦が組まれなかったというわけだ。

 前田に対しても同様だった。あの当時、まだ興行での集客やテレビの視聴率を考えれば、猪木がトップを張っていかねばならなかった。よって前田とやるなら猪木が勝つしかないのだが、そうすれば前田の経歴に傷をつけることになる…。
 「以前から『猪木が前田を恐れて対戦を避けた』との声もありましたが、今になって振り返ればそれは違うように思います。前田はあのいわくつきのアンドレ戦でも、攻め込む前に『やっちゃっていいんですか?』と、リングサイドにうかがいを立てているし、試合中のアクシデントで藤波が大流血に至ったシングル戦でも、あえて両者KOで早めに試合を終えている。また、猪木への挑戦者決定戦でも藤原喜明に勝利を譲ったように、むしろアングルに忠実な選手であり、それが猪木戦だけ豹変するとは考えづらい」(同)

 唯一、行われた猪木vs前田のシングル戦を見れば、猪木がいかに前田を大切に扱っていたかということがうかがえる。
 1983年5月27日、高松市民会館で行われたIWGP決勝リーグ戦。日本勢では長州も藤波も、団体ナンバー2の坂口征二もエントリーされなかったリーグ戦に、前田は特例的な“欧州代表”なる枠で大抜擢された。
 シングルマッチの連戦は選手にとって肉体的なダメージが大きく、絶対的エースの猪木としては、若手の前田が相手の地方大会での一戦となれば、軽く流して終わらせたいところ。だが、この試合で猪木は、当時の前田が武器とした“七色のスープレックス”からニールキックまで、得意技のすべてを受けきってみせた。
 「猪木がジャーマンやドラゴンスープレックスを受けること自体が、めったに見られることではない。そのことだけでも、いかに前田の能力を買っていたかが分かります」(同)

 フィニッシュも立ち上がり際の延髄斬りという、いわば一瞬の返し技であり、そこにも前田になるべく傷を付けないように、という配慮がうかがえる。
 相手を潰すばかりではない“指導者”としての猪木の一面がうかがえる、これも一種の名勝負と言えよう。

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