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俺たちの熱狂バトルTheヒストリー〈WWE 第1回レッスルマニア開催〉

 3月29日、7万6976人の観衆を集める大盛況の中で行われた『レッスルマニア31』。いまやWWEは全世界にファンを持つビッグプロモーション。その年間最大の“祭典”ともなればインパクトや影響力は絶大で、米国内スポーツイベントの頂点『スーパーボール』にも決して引けを取るものではない。
 日本でも今大会は、元ノアのKENTA(WWEではヒデオ・イタミを名乗る)の参戦や、前日セレモニーでの藤波辰爾WWE殿堂入り顕彰などが話題となった。
 毎年の生中継PPV購入数は100万件超が当たり前。ちなみに日本でのPPV売り上げ記録はDynamite!(2002年)の約10万件で、これだけを見てもいかにビッグなイベントかがわかろうというものだ。

 そんなレッスルマニアの記念すべき第1回大会は1985年3月31日、格闘技の聖地マディソン・スクエア・ガーデンで開催された。
 それまではNWA、AWAと並ぶ世界3大プロレス団体とはいわれながらも、その実、ニューヨークを拠点とする地域限定プロモーションにすぎなかったWWF(2002年、WWEに改称)。だが'82年、ビンズ・マクマホン・ジュニアが父親から団体の実権を奪うと一躍全米制覇に乗り出す。
 各地の人気スター選手を引き抜き、地上波やケーブルテレビの放送枠を積極的に利用するなど事業拡大路線を進めると、これが功を奏し、売り上げは増加の一途。ファン層も全米に広がって、その集大成として開催されたのがレッスルマニアであった。
 元ボクシング世界王者モハメド・アリに歌手のシンディ・ローパー、ニューヨーク・ヤンキース元監督のビリー・マーチンなど著名人がゲスト参加する華々しさは、それまでの米国プロレス界においては見られなかったもので、従来のファン以外からもメジャーイベントとして認知されることになった。

 なおレッスルマニアなる名称は、当時人気絶頂だったハルク・ホーガンのファンを総称する“ハルカマニア”にちなんだもの。
 よって、当然この第1回大会のメーンイベントもホーガンが務めている。
 「ホーガン&ミスターTvsロディ・パイパー&ポール・オンドーフという対戦カードは、当時の状況を知らない人にはピンとこないかもしれません。だけどミスターTはロッキー3や特攻野郎Aチームに出演していた有名俳優で、レスリング経験があり身体もゴツい。ホーガンを交えてのリングに上がるまでの特訓風景も随時テレビで放映され、試合当日のファンの期待度は相当なものでした」(プロレス記者)

 ホーガンの入場曲『リアルアメリカン』が会場に流れ始めると同時に、会場は割れんばかりの大歓声に包まれる。
 試合自体は日本的な技の応酬とは程遠く、ミスターTも相手選手との絡みはごく限られたもの。フィニッシュも相手の同士討ちを誘ってホーガンがフォールするという呆気なさではあったが、それでも興奮し切った観客たちの表情は、このイベントが大成功に終わったことを証明していた。

 それから回を重ねること31回。レッスルマニアに向けてストーリーが展開され、選ばれたスーパースターのみが出場できる最高かつ最大の舞台として、今では完全に定着している。
 今年メーンに出場したブロック・レスナーは、WWEとの契約継続と総合格闘技への再進出を天秤にかけて前者を選んだ。リアルファイトに劣らぬ地位と名誉が、エンターテインメントを追求するWWEのリングにはあるのだ。

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