武蔵野学院大特任教授の島村英紀氏が言う。
「ここへ来て、何百年に一度という直下型の大地震がイタリアで発生したばかりです。プレートに乗っているわけですから、まったく発生しないということはありませんからね。隣国の韓国でも、この種の地震は何度となく繰り返された。1945年前後には、多数の死者を出した東南海地震、南海地震が発生していますが、こうした海洋型の巨大地震の前には、必ず直下型地震が起きている。鳥取地震、北但馬地震などがそうです。韓国の地震も、そうした西日本の地震活動の一つと考えた方がいいかもしれません」
日本と韓国の地殻の動きが連動するのは、地震学者の間では常識だという。
加えて、70年前の終戦前後には、日本と韓国の明らかな連動地震があったという。
「1944年にM7.9の昭和東南海地震が中部・東海地方を襲った。東海地域の軍需工場が壊滅的な打撃を受けたことを隠匿するため軍部は箝口令を敷き、その全容は明らかではありません。その直後には、当時の朝鮮と満州国の国境付近でM6.8の巨大地震が発生している。その後、地震はキャッチボールのように朝鮮半島から日本に戻り、'46年、紀伊半島沖でM8.0の昭和南海地震が発生したのです。戦後の混乱で被害の全容はなかなか判明しなかったが、連動の一例であることは間違いない」(前出・サイエンスライター)
では、韓国内の大地震はどのような地震をもたらすのか。
前出の島村氏は、「実例が少ないので断言はできないが、南海トラフ地震が最も心配と言えます。確実に近付きつつあるということです」と言い、木村氏はこう語る。
「伊豆・小笠原を震源域とした大地震が一番心配です。歴史を紐解くと、あそこを震源域とした慶長地震が津波地震として知られている。どういうことかと言うと、南海トラフのプレート境界型地震ではなく、伊豆・小笠原海溝の一部を震源とした地震の発生です」
南海トラフ地震の一つに数えられる慶長地震は、江戸時代初期の1605年2月3日に発生したものだ。震源については諸説があり、南海トラフ単独説と、南海トラフと房総沖の連動説などがある。津波による溺死者は約1万人だが、地震による陸地の揺れは小さいのが特徴で、震源や被害規模も不明な点が多い。
最近になって地震学会では、この慶長地震が南海トラフのプレート境界型地震ではなく伊豆・小笠原海溝の一部、つまり、鳥島付近100km四方で発生したM8.2〜8.4の地震と仮定すると、当時の津波の再現が可能であるという論文が発表された。
ともあれ、日韓連動の過去の事例からも、南海トラフ地震を心配する声が多いようなのだ。
「南海トラフ地震の記録は数多く残されています。その記録を年代順に並べてみると、おおよそ100〜150年の周期で発生しているが、安政大地震と昭和南海地震は間隔が90年だった。しかも、1854年には、安政東海地震と安政南海地震が立て続けに発生している。周期にはばらつきがあるものの、海上保安庁が設置した観測機器からは、強ひずみ域が想定東海地震の震源域から広がりを見せ、M8.0だった1946年の南海地震の震源域からさらに南西側に広がっていることも判明しているのです」(前出・サイエンスライター)
ひずみが解放される時期は、刻一刻と迫りつつある。韓国の大地震は日本の大地震にリーチが掛かった証拠。それに備えるのは地震大国日本の宿命なのだ。