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天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 田中角栄・はな夫人(中)

 愛人がいるうえ、「田中と女」についてのマスコミ報道も多々ある。しかし、妻・はなは田中を責めることなく、外部の者にも愚痴一つこぼしたことがなかった。そうした中で、51年間の結婚生活をまっとうしている。“円満”の秘訣は何だったのか。
 一言で言えば、はなに向けての田中の誠実な対応が覗けた。それには、結婚の経緯を知る必要がある。

 昭和16年(1941年)秋、田中は胸部疾患で除隊となったあと建築設計事務所を再開するため、坂本木平という人物の東京・飯田橋にある坂本組という土木事務所を借りることになった。坂本が事務所を閉じたいという話があり、渡りに船で借りることになったのだった。その坂本の一人娘が、女の子を抱え離婚したばかりの田中より8歳上のはなであった。はなは小柄で、愛くるしい女性であった。日々の生活の中で、田中がはなを見染め、出会って半年ほどの昭和17年3月3日の桃の節句を選んで結婚した。なるほど、後年「ワカッタの角さん」とも言われただけにヤルことは早かった。
 その当時の田中の気持ちは、日経新聞の『私の履歴書』に次のようにある。
 「(はなは)無口ではあったが、よく気もつき、そしてよく働く人であった。多忙な私の身の回りにも細かい心配りをしてくれるこの家の娘に、快いものを感じ始めていた。彼女は(離婚後)2回ほど見合いをしたようだが、話は決まらなかったようだ。出会って間もなくの正月、おばあさん(はなの母親)から、『田中さんの仕事場に出入りする人の中にいい人がいたらお世話下さい』と言われていたが、私は『この人なら私が妻にもらい受けてもいい人だ』と密かに思った」
 時に、田中はまた従姉妹にあたる彼女がいたのだが、それをソデにしてのはなへののめり込みだったのだ。

 この“色男”は、初めて床を一緒にするとき、次のような「三つの誓い」の申し出を受けた。『私の履歴書』で、田中は続けている。
 「物も言わず、虫も殺さぬ顔の妻に、その夜、三つの誓いをさせられた。一つは、決して出て行けとは言わぬこと。二つは、足げにしないこと。三つは、将来、私が二重橋を渡る日があったら彼女を同伴すること。以上である。もちろん、それ以外については『どんなことにも耐えます』と結んだのであった」
 「二重橋」とは天皇陛下に拝謁することであり、後年、田中が39歳で郵政大臣に就任したことで同伴で皇居に参内、守られている一方で、あとは「どんなことにも耐えます」をいい事に、どうやら田中は自らの女性関係を甘く見ていたフシがあったと言えそうだ。

 さて、田中のはなに対する誠実さは、こんなところにも見られた。じつは、田中はのちに、はなの前夫との間の娘を親交のあった池田勇人元首相に頼み、当時、三井信託銀行に勤めていた甥と結婚させた。はなはこのことを後々まで、「お父さん(田中のこと)は本当にいい人に嫁がせてくれた」と感謝の気持ちを忘れなかったというのである。
 かく田中は、純情で根が優しい。ロマンチストである。政治という権力闘争をひとたび離れた人物像は、なかなか誠実だったのだ。「目白邸で飼っていた“ヤジ”(娘の田中真紀子がオヤジ、すなわち父親をもじって命名した)という大型犬がヒラリヤという病気にかかり苦しんでいたとき、田中は一晩中、犬舎に入り込んで“ヤジ”の腹をさすり続けていたという。田中の人間を含めたすべからくの生き物に対する愛情、優しさが知れた」(元田中派担当記者)といった話もある。

 もっとも、こうした一連の田中の女性関係のハデさに、妻・はなはともかく、娘の田中真紀子は女として許せなかったようだ。母の無言の苦衷を代弁するように、度々、父親をなじったものであった。これにも、元田中派担当記者の証言がある。
 「田中は優しいから、一度でも関係のあった女性には生活は大丈夫かで、それなりの“手当”を送ってやっていたそうだ。そのリストを田中邸の秘書が管理していたのだが、のちに田中が倒れたあと真紀子が発見、破棄してしまったというのです。また、あるときは徹底的に田中を“口撃”、ついに閉口した田中は田中邸の便所に逃げ込み、内からカギをかけてこもってしまったということもあった。田中は言っていました。『オレは世の中で怖いものはないが、あの“原爆娘”だけには勝てないんだ』と」

 田中はのちに首相の座を、『文藝春秋』誌による金脈・女性問題報道を引き金に追われることになったが、当時、金脈問題については「釈明できる」と強気であった。しかし、長い間の秘書にして愛人だった佐藤昭子との女性問題部分に対し、真紀子による「もう(首相は)お辞め下さい」の一言で退陣を決意したと言われているのである。“原爆”に抗じるすべは、なかったということである。
=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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